「では、稚田彦(わかたひこ)も来た事だ。気持ちを切り替えよう。忍坂姫(おしさかのひめ)も大丈夫そうか」

瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)が忍坂姫に声をかけた。

「はい、大王。私も大丈夫です」

そう言って再び、桜見物は再開された。


「忍坂姫、この果物美味しいよ。食べてみて」

市辺皇子(いちのへのおうじ)はそう彼女に言った。

忍坂姫も先程まで泣いていたが、だいぶ落ち着いたようで、桜を堪能していた。

「しかし、まさかこんな所で稚田彦の兄の話しを聞く事になるとは、思ってもみなかったよ」

忍坂姫の隣で雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)がボソッと言った。彼からしても先程の話しはかなり衝撃的だったようだ。

それを聞いた忍坂姫は、ちょっと意地悪くして彼に言った。

「まぁ、雄朝津間皇子からしてみれば、一生縁のない話しでしょうね」

そう言って、忍坂姫はクスクス笑いだした。
皇子自身が命を掛けてでも想いを遂げようなんて、そんなの奇跡ですら起こらないだろう。

「そ、そんなの、この先絶対無いとは言いきれないだろう」

雄朝津間皇子は、ちょっとムスッとして言った。
彼も先程の話しを聞いて何か考えさせられたのだろうか。


「なぁ、忍坂姫。さっき話していた稚田彦の兄がもし生きていたら、君はどうしていた」

それを聞いた忍坂姫はふと思った。
さっきこの話しを聞いている時、彼は酷く無言だったが、もしかしたらそんな事を頭の中で考えていたのかもしれない。

「そうですね。それは実際にそうなってみないと分からないです。実際に彼に会った時は恋愛感情なんてありませんでしたし。それと、あとはお父様達がどう言うかですね」

皇女の自分が、身分の低い男の元に嫁ぎたいなんて言ったら、あの父親はなんて言うのだろうか。ただ根は優しい父親である。娘から熱心にお願いされれば、もしかしたら許してくれるかもしれない。

「なる程。確かにそうかもしれないな」

そう言って雄朝津間皇子はお酒をクイッと飲んだ。今日の彼はちょっとお酒を飲むペースが早いように思える。

「あ、それと。今日は大王の妃は来られてないんですね?」

忍坂姫は内心、大王の妃にも今日会えるかもと期待していた。
あの大王が一途に想っている相手だ、一体どんな女性なのかと興味があった。

「あぁ、何でも、娘の阿佐津姫(あさつひめ)の具合が悪いんだそうだ」

大王の話では、元々は娘の阿佐津姫も引き連れて今日は3人で来る予定だったそうだ。だが前日に阿佐津姫が具合を悪くして、結局妃は宮に残る事にしたそうだ。

「まぁ、それは大丈夫なんでしょうか」

忍坂姫は心配して言った。
子供の体調不良は、油断すると危なくなる事もある。

「大王もそこまで心配するような事じゃないと言ってたし、まぁ大丈夫なんだろう」

(そんなものなのかしら?)


そんな話しをしていると、皇子がふとある事に気が付いた。

「昨日俺があげた腕飾り、今日付けてくれてるんだね」

彼は思わず彼女の手を握って、少し持ち上げた。
すると昨日あげた腕飾りに太陽の光が入り、綺麗な色で輝いていた。

「はい、折角皇子に頂いたので、早速付けてみました」

忍坂姫は彼にそうにっこり笑って言った。
彼女自身、この腕飾りはかなり気に入っていた。しかも皇子自身からの贈り物だ。嬉しくない訳がない。

「そうか、それは良かった」

雄朝津間皇子も嬉しそうにしながらそう言って、彼女の手をそっと地面におろした。


そんな彼らの光景を、瑞歯別大王がふと見ていた。

(ふーん、何だかんだで少しは進展してるみたいだな)


瑞歯別大王としては、出来ればこの2人には上手くいってもらいたいと思っている。
今回の桜見物も、2人のその後を見てみようと思って計画した事でもあった。