「うーん、息長の姫……」

稚田彦(わかたひこ)もふと考え込む。そして彼はある事を思い出した。

「実は私には既に亡くなってはいますが、元々1人兄がおりました。兄の名は挂波弥(かはや)と言います。
その兄が昔息長に行っていた事がありまして……」

「挂波弥、あ、そうよ!挂波弥だわ。思い出した!」

忍坂姫(おしさかのひめ)は稚田彦の発言を聞き、ふと何か思い出したようだ。

「忍坂姫?一体どういう事だ」

雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)が彼女に言った。
稚田彦の兄と忍坂姫が過去に会っていたとは本当に驚きである。

「あれは私が確か10歳ぐらいの時だったかしら。ある日、家の近くで1人の男性が倒れているのを見つけたの。
その男性は酷く高熱で、それから急いで使用人を呼んで、宮に運んでから看病をしたわ」

忍坂姫は、稚田彦や他の皆が聞いている中、さらに続けて話しをした。

「私とてもその男性が心配だったから、付きっきりで看病したわ。それから数日してやっと熱が下がって、それで初めて彼と話しが出来たの」

「で、その人が稚田彦の兄だったと言う事?」

雄朝津間皇子は、とても真剣な表情で彼女の話しを聞いていた。

「その、その人が稚田彦の兄なんて事は当時知らなかったけど、彼は自分の名前を挂波弥と名乗ったわ。
今回は用事があって大和から来たと言っていた。その後身体も回復して、私や私の宮の人達にとても感謝し、そしてその後彼は帰って行ったわ」

それを聞いた稚田彦はどうやら思い当たる事があったようで、彼女にその事を話した。

「その話しは聞いた事があります。こんな所で話す事でもないんですが。
私と兄の挂波弥の父親は、瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)の父上にあたる大雀大王(おおさざきのおおきみ)の異母兄弟でした。
父はさらに、私の祖父にあたる誉田大王(ほむたわけのおおきみ)が通っていた豪族の姫の使用人の女との間に出来た子供です。
その為に、父は異母兄弟の大雀大王のような身分は約束されませんでした」

稚田彦はさらに続けて、忍坂姫達に話した。

「その子供である私と兄の挂波弥は、さらに立場が低く、当時は中々苦労が耐えませんでした。
そんな中当時使えていた皇族の人からの指示で、兄は息長に出向く事になりました。
ですが、向かった先で熱に倒れてしまい、意識がもうろうとしていた中、ある小さな姫に助けられたと言ってました」

それを聞いた忍坂姫は思わずハッとした。つまりその小さな姫と言うのが、自分の事だったんだろう。

「それでさらに兄が言っていたのですが。そんなどこの誰かも分からない自分に、その姫はとても懸命に看病してくれたそうです。その事は、当時の兄にとってどんなに嬉しかった事か……」