翌日、忍坂姫(おしさかのひめ)は何かする訳でもなくただただ宮の外を眺めていた。
昨日散々泣いたからか、目が少し腫れていた。
朝方に伊代乃(いよの)からどうしたのかと聞かれ、目が少し痒かったと言い、適当に誤魔化した。

「流石に、皇子に対してあんなふうに言うのは、ちょっとまずかったわね」

昨日の雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)の自分に対しての態度が余りに許せず、かなり怒鳴ってしまった。

「でも皇子だって婚姻は全くする気ないとか言ったくせに、手を出そうとしてきたのよ。そんなの卑怯よ!」

昨日不意に一瞬唇を塞がれて、何が何だか分からなくなってしまった。彼にしてみれば挨拶程度の事だったのかも知れないが、忍坂姫にとっては初めての事だった。

(あぁ思い出すだけでも嫌になってくる。せめて夫となる人か恋人と言った、ちゃんとした人としたかった……)

忍坂姫はそんなふうに考えていた。

ちなみに雄朝津間皇子は今日から2日間、遠方に偵察との事で宮を留守にしている。
今は正直彼と顔を合わせたくなかったので、彼女的にはホッとしている。

市辺皇子(いちのへのおうじ)は使用人の女と少し散歩に行っているようだ。
彼が戻ってきたら軽く柑橘の菓子でも食べようかとも考えていた。


また季節も春間近になり、あと数日で桜の花が全開に咲くだろう。
彼女が以前に住んでいた息長(おきなが)でも、春になると綺麗な桜がたくさん咲いていた。

彼女はそんな桜の木の下で春の訪れを思って舞をよく舞っていた。

「この宮に来てから舞はしてなかったわね。桜が咲いたらやってみようかしら」

忍坂姫がそんな事を考えている丁度その時、この宮の使用人である伊代乃が彼女の元にやって来た。

「忍坂姫様、ちょっと宜しいでしょうか」

「伊代乃、どうかしたの?」

彼女は伊代乃に呼ばれて返事をした。

伊代乃は忍坂姫の側まで寄ってきた。何か急な用事でも出来たのだろうか。

「それがですね。3日後に急に大王がこちらに来られる事になりました。
この辺りは毎年桜が綺麗に咲くので、見に来られるんだそうです」

それを聞いた忍坂姫はとても驚いた。元々この宮での滞在を勧めてきたのは、今の大王である瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)だった。また彼女は何分息長で長く暮らしていた為、大王にはまだ会った事が無かった。

「まぁ、大王がいらっしゃるの。私まだ今の大王には会った事がないわ。雄朝津間皇子も今留守だし、大丈夫かしら?まぁ3日後なら、皇子も戻られてるでしょうけど」

忍坂姫は、急な大王の訪問と言う事で、その対応がちゃんと出来るのか少し心配になった。