それから無事に大王の宮に戻って来る事が出来た。
雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)は傷の手当てをする為、宮に戻るなり別の部屋に連れて行かれた。


そして辺りは暗くなり、すっかり夜になっている。忍坂姫(おしさかのひめ)はふと夜の月を見上げると、月は丁度満月になっていた。

「本当にあともう少しで1ヶ月が経つのね。この一月は本当に怒涛の1ヶ月だったわ」

彼女がそうぼんやりと月を眺めている時だった。そこに誰かがやって来るのが見えた。誰だろうと思って見るとそれは瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)であった。

「いや、忍坂姫本当に済まないね。こんな時間にならないと中々抜け出せなくて」

瑞歯別大王は少し申し訳なそうにしながら彼女に言った。

「いいえ、私は大丈夫です。でもこんな時間に来られて良かったんですか?佐由良(さゆら)様も心配されるんじゃ」

「あぁ、それは大丈夫だ。今日君と話しをする件は、佐由良にも言ってある」

それを聞いた忍坂姫はホッとした。大王と夜に2人きりで会うなんて、妃の彼女に対して申し訳ないと思っていたからだ。

「それなら、本当に良かったです」

忍坂姫は笑顔でそう答えた。

そして2人は並んで座って、夜の月を眺めた。今日の満月の月は本当に綺麗だと思った。

それから暫くして、大王が今回の件の話しをする為に口を開いた。

「それで今回君呼んだ件だが。そろそろ弟の婚姻の件で、君の結論を聞きたくてね」

忍坂姫はついにこの日が来たんだなと思った。

今回のこの婚姻に強制力は無い。なので双方どちらかでも承諾しなければ破談になる。その上で彼女は今回の婚姻に対して、結論を出す事にした。

「はい、その事なんですが。大王、本当に済みません!今回の雄朝津間皇子の婚姻の件は無かった事にして下さい」

忍坂姫ははっきりとそう答えた。これが悩み抜いた彼女の答えだった。

瑞歯別大王は彼女に予想外の事を言われてしまい、かなり驚いた。

「ち、ちょっと待ってくれ。忍坂姫、それは本当か。てっきり君は弟の事を好いてくれてるとばかりに」

忍坂姫も流石にこれは驚かれるだろうとは想像していた。だがこればかりはどうする事も出来ない。

「雄朝津間皇子は本当に素敵な方だと思います。でも私には無理でした……」

「忍坂姫、一体何が無理だったんだ?」

瑞歯別大王も、彼女の意図する事の意味が全く理解できない。

「私には彼をずっと好きでいられる自信がありません。ごめんなさい、これ以上は本当に言えないんです」

忍坂姫は思わずその場で泣き出してしまった。

今まで彼は、ずっと女性と割り切った関係を続けていた。だがそんな彼でも本当に好きになった人が過去にいたのだ。

もう何年も前の事と彼は言っていた。だが恐らく彼の心の中から、その女性が消える事はずっとないだろう。
しかもその相手は今の大王の妃で、彼にとっては義理の姉に当たる人だ。


そんな彼をずっと想い続けるのは、彼女にはよう耐えられないと考えたのだ。

それから彼女は瑞歯別大王の前でしばらく泣き続けた。