日曜の早朝ピンポーンと玄関のベルが響く。休日の朝と平日の夕方、家政婦がやってくることになった。親が仕事でほとんだいないため、俺のために家政婦を雇ってくれたのだ。高校生の身分で家政婦なんて贅沢だと言われるが、俺の父親は日本有数の誰もが知る大企業の社長だから元々家政婦はいたのだが、今日来る家政婦はあえて俺のために雇ったという話だった。
期待して玄関まで走って出迎える。予想以上にかわいい顔をした女性だ。俺と同じ高校生くらいだろうか。家が貧しいからアルバイトをしているのかもしれない。
「お邪魔いたします。家政婦の新城めぐりと申します」
品の良さを醸し出す少女は上品な笑顔がかわいい。短時間の契約の中で実に見事に家事をこなす様子を見ていると、家政婦として有能なのかもしれない。
丁寧なのに素早く料理を作り、完璧な掃除は部屋が見違える。彼女の髪は艶やかで長い。それをひとつにまとめている。おしとやかで穏やかな印象だ。
ピンポーンとインターホンが再び鳴る。
知らない女の子が玄関の前にいた。幼稚園児くらいだろうか? 迷子だろうか? でもなんで俺の家の前にいるのだろう?
「パパ」
パパだと?
「わたし、ほのかっていうの。6歳のねんちょーさん。未来からやってきまちた」
たどたどしい日本語が 幼稚園児らしさを物語っていた。
「パパじゃないから、本当のパパを探すために警察に行こうか?」
俺は冷静に女児をたしなめた。
「ほのか、パパの写真持っているよぉ」
これは撮った覚えのない写真だが、たしかに俺自身が歳を取ったら、このようになるであろう姿が映っていた。多分十年後ならば、こんな感じだろう。しかも日付は十年後だ。しかし誰がこんないたずらをしたのだろう? そんないたずらをしても誰も得をするとは思えないし、メリットもないだろう。
そして、この写真の驚くべき点だが、妻となる女性が映っている。それは、隣にいる新城さんの十年後の姿だった。
「ママもいてよかった」
その女の子は、隣に立っている新城さんをママと呼んだ。この子の主張が正しいのならば、新城さんが俺の妻になるのか? このまま俺たちは両思いになって結婚するというサクセスストーリーになるのだな? 心の中で確認してみた。
「どうやってここに来たの?」
新城さんが目線を子供と同じ高さにして、優しく問いかけた。こんな表情は初めて見る。
「気づいたらここにいたの」
普通に考えたら 誘拐犯が置き去りにしたとか、迷子だとか虐待の末、放置されたとか。放置子か? ネグレクトか? 悪い話しか思い浮かばなかった。
「私たちがこの子を保護しましょう」
新城さんが冷静に提案した。肝が据わっているというか、しっかりしている。児童相談所に通報しないといけないとばかり思っていた俺だったが、新城さんがとりあえず保護するという意思を見せたことに驚いた。
「この子の話が本当ならば、警察に届けても親はいないし……。だったら、親である私たちが育ててあげたほうがいいのではない?」
新城さんは、俺たちの子だと認識したのだろうか?
親である私たち――というフレーズにこっちがドキッとした。
「本当に俺とあなたの子供という話を信じているのですか?」
「わかりませんが……あの子を放っておけないのです」
ほのかの持ち物は、小さなポシェット一つだった。
そこには、写真と見たことのない形の携帯電話のようなものが入っていた。
「これ、なんだ?」
携帯電話のような見たこともない機器について聞いてみた。
「これは電話だよ」
今あるものとは形が違う。
「これでパパと話すことができるよ」
「未来のパパに電話をかけてみろ」
「いいよ」
慣れた手つきで携帯電話を触るほのか。
「もちもち?」
もしもし、じゃないのか? 相変わらず舌足らずだ。
「パパ? 今、昔に来たよお。こっちに 若いパパいるよお」
つながるのか? 本当のお父さんに迎えに来てもらうチャンスじゃないか。俺は急いで、ほのかの電話を奪い取った。そして、事情を説明しようと思ったのだ。
「うちに娘さんがいるのですが、迎えに来てもらえないでしょうか?」
「昔の俺か?」
聞きなれた声が返ってきた。自分自身の声が少し年齢を重ねた声になっていた。けれどもちゃんと会話が成立していて、自分の声がそのままこだまのように反響しているわけではなかった。
本当に不思議なのだが、未来から来たことが本当ならば、未来の自分と対話しているのだ。聞きたいことがたくさんあった。新城さんと結婚したのか? 十年後はどんな仕事をしてどんな生活を送っているのか? なぜ、この娘が俺のうちにいるのか?
「実は、俺の妻がタイムマシーンを開発中でな。娘が勝手に妻のラボでいたずらしたらしく、過去に戻ったみたいなのだ」
妻がタイムマシーンを作っている? ラボ?
新城さんが研究開発をしているというのか?
「未来に戻るにはどうしたらいいのですか?」
「携帯電話がタイムマシーンの機能を備えているのだが。今日の夕方には帰る準備ができる。それまで今日1日、自分の娘の面倒を見てくれ。その携帯電話は充電なくてもずっと使える使用になっている。何かあったら連絡をしてくれ」
「色々聞きたいことがあるのですが」
「未来の姿を教えることは本来は、ダメなことだ。細かいことは教えられないが、その娘が自分の娘だということは本当だ」
「新城さんがこの子の母親なのですか?」
「あぁそうだ。しかしこれ以上は教えられない」
真実を中途半端に知ってしまうと色々と気になることが出てくるものだ。ほのかに聞いてみるか。
「パパは未来ではママと仲良しなの?」
「うん。お仕事いそがしいけど、なかよしだよお」
甘くて溶けそうな笑顔をふりまく、ほのか。
「ママはタイムマシーンを作っているの?」
「じいじの会社で働いているよお」
じいじって俺の親父のことか……。そういえば、幅広く事業を展開しているからな。見込みのある分野ではお金の出し惜しみをしない、親父らしい企業戦略だと思う。
その1日は学校もないので疑似親子生活がはじまった。何気ないことをして時間を過ごす。おえかき、おりがみ、動画を見て過ごす。その間、新城さんは家事をこなしてくれた。彼女も学校が休みなので、1日付き合ってくれることになった。彼女は意外と母親らしい。あたたかな家族像が浮き上がる。想像もしていなかった将来が見えてくる。幸せという味をかみしめる。
育児にも慣れてきた夕暮れ時―――突然、携帯電話が鳴り響いた。俺が最も恐れていた事態が起きたのだ。未来の自分が自分に指示する。
「ほのかが未来へ帰ることができるように準備ができた。帰るときは右側の赤いボタンを長押ししてくれ」
俺は渋々、ほのかに伝える。
「ほのか、未来のパパの所に帰るぞ」
「ほんと? 若いパパとママにはもう会えないの?」
「すぐ会えるよ。そのときまで、バイバイ」
新城さんも悲しそうな表情をしたが、無理に笑顔を作る。
「未来のパパとママによろしくね」
ふりかえりながら笑顔で言った。
「またね」
それがほのかの最後の言葉となった。言われた通りに、ほのかに荷物を持たせてボタンを押した。それは一瞬の出来事で、ほのかが目の前から光と共に消えたのだ。ほのかは未来へ帰ってしまったのだ。
ぬくもりと想い出だけを残して、ほのかが未来へ帰ってしまい、もうこの世界にはいない。あまりこちらに長くいると、デメリットが生じるという話を未来の自分から聞いていた。こちらで、ほのかがケガや病気をしても戸籍がない。
未来を変える出来事が起こるとまずい。未来に早く帰らないと、ほのか自体が消滅することもありうるのだ。日本、いや世界の何かを大きく変えてしまう可能性もあるのだ。だからなるべく未来に早く返さなければいけないと説明されていたのだが、本当はもっと娘と過ごしてみたかった。
「さて、これからどうしますか?」
「ほのかちゃんにまた会いたいですね」
新城さんが少しばかり寂しそうな顔をした。きっと子供好きなのだろう。――ほのかが俺たち二人の子供ならば、俺たちが結婚しなければ存在しないということだよな……? と自問自答する。
「もしよければ、恋人からはじめませんか?」
勢いで言葉を発してしまった。考えた末の言葉ではないので自分自身が戸惑ってしまった。
「私でよければよろしくお願いします」
相変わらず返事も礼儀正しい人だった。
同じ喪失感を味わった二人。それをきっかけに座った時の距離が縮まった。 そしていつかは……もう一度、笑顔がかわいい娘に会いたい。
俺たちは、めぐりあわせという縁によって出会った。彼女の心には俺がいて、俺の心には彼女がいる。未来は一日一日の積み重ねだ。すぐに何日も先に行くことはできない。だから、毎日を大切に二人で過ごそう。
******
未来のラボにて。社長と新城めぐりの会話。
「少子化が深刻になった今、過去を操作してさりげなく結婚させる事業は大成功ですね」
「君がまさかうちの息子を気に入って高校生の頃の過去を操作するとは、天才はやはり考えることが違うなぁ」
「過去を操作して結婚させる事業は少子化に歯止めがかかり、国の補助金もでて、大成功ですね」
過去を操作する事業が大成功したということだ。でも、きっかけは一人の科学者の恋だった。社長の息子を好きになったけれど、彼女はその時代で行動に移せなかったらしい。自分から告白するということは、恥ずかしがり屋でプライドの高い彼女にはハードルが高かった。それならば、過去を操作しよう。その発想はなかなかない。
期待して玄関まで走って出迎える。予想以上にかわいい顔をした女性だ。俺と同じ高校生くらいだろうか。家が貧しいからアルバイトをしているのかもしれない。
「お邪魔いたします。家政婦の新城めぐりと申します」
品の良さを醸し出す少女は上品な笑顔がかわいい。短時間の契約の中で実に見事に家事をこなす様子を見ていると、家政婦として有能なのかもしれない。
丁寧なのに素早く料理を作り、完璧な掃除は部屋が見違える。彼女の髪は艶やかで長い。それをひとつにまとめている。おしとやかで穏やかな印象だ。
ピンポーンとインターホンが再び鳴る。
知らない女の子が玄関の前にいた。幼稚園児くらいだろうか? 迷子だろうか? でもなんで俺の家の前にいるのだろう?
「パパ」
パパだと?
「わたし、ほのかっていうの。6歳のねんちょーさん。未来からやってきまちた」
たどたどしい日本語が 幼稚園児らしさを物語っていた。
「パパじゃないから、本当のパパを探すために警察に行こうか?」
俺は冷静に女児をたしなめた。
「ほのか、パパの写真持っているよぉ」
これは撮った覚えのない写真だが、たしかに俺自身が歳を取ったら、このようになるであろう姿が映っていた。多分十年後ならば、こんな感じだろう。しかも日付は十年後だ。しかし誰がこんないたずらをしたのだろう? そんないたずらをしても誰も得をするとは思えないし、メリットもないだろう。
そして、この写真の驚くべき点だが、妻となる女性が映っている。それは、隣にいる新城さんの十年後の姿だった。
「ママもいてよかった」
その女の子は、隣に立っている新城さんをママと呼んだ。この子の主張が正しいのならば、新城さんが俺の妻になるのか? このまま俺たちは両思いになって結婚するというサクセスストーリーになるのだな? 心の中で確認してみた。
「どうやってここに来たの?」
新城さんが目線を子供と同じ高さにして、優しく問いかけた。こんな表情は初めて見る。
「気づいたらここにいたの」
普通に考えたら 誘拐犯が置き去りにしたとか、迷子だとか虐待の末、放置されたとか。放置子か? ネグレクトか? 悪い話しか思い浮かばなかった。
「私たちがこの子を保護しましょう」
新城さんが冷静に提案した。肝が据わっているというか、しっかりしている。児童相談所に通報しないといけないとばかり思っていた俺だったが、新城さんがとりあえず保護するという意思を見せたことに驚いた。
「この子の話が本当ならば、警察に届けても親はいないし……。だったら、親である私たちが育ててあげたほうがいいのではない?」
新城さんは、俺たちの子だと認識したのだろうか?
親である私たち――というフレーズにこっちがドキッとした。
「本当に俺とあなたの子供という話を信じているのですか?」
「わかりませんが……あの子を放っておけないのです」
ほのかの持ち物は、小さなポシェット一つだった。
そこには、写真と見たことのない形の携帯電話のようなものが入っていた。
「これ、なんだ?」
携帯電話のような見たこともない機器について聞いてみた。
「これは電話だよ」
今あるものとは形が違う。
「これでパパと話すことができるよ」
「未来のパパに電話をかけてみろ」
「いいよ」
慣れた手つきで携帯電話を触るほのか。
「もちもち?」
もしもし、じゃないのか? 相変わらず舌足らずだ。
「パパ? 今、昔に来たよお。こっちに 若いパパいるよお」
つながるのか? 本当のお父さんに迎えに来てもらうチャンスじゃないか。俺は急いで、ほのかの電話を奪い取った。そして、事情を説明しようと思ったのだ。
「うちに娘さんがいるのですが、迎えに来てもらえないでしょうか?」
「昔の俺か?」
聞きなれた声が返ってきた。自分自身の声が少し年齢を重ねた声になっていた。けれどもちゃんと会話が成立していて、自分の声がそのままこだまのように反響しているわけではなかった。
本当に不思議なのだが、未来から来たことが本当ならば、未来の自分と対話しているのだ。聞きたいことがたくさんあった。新城さんと結婚したのか? 十年後はどんな仕事をしてどんな生活を送っているのか? なぜ、この娘が俺のうちにいるのか?
「実は、俺の妻がタイムマシーンを開発中でな。娘が勝手に妻のラボでいたずらしたらしく、過去に戻ったみたいなのだ」
妻がタイムマシーンを作っている? ラボ?
新城さんが研究開発をしているというのか?
「未来に戻るにはどうしたらいいのですか?」
「携帯電話がタイムマシーンの機能を備えているのだが。今日の夕方には帰る準備ができる。それまで今日1日、自分の娘の面倒を見てくれ。その携帯電話は充電なくてもずっと使える使用になっている。何かあったら連絡をしてくれ」
「色々聞きたいことがあるのですが」
「未来の姿を教えることは本来は、ダメなことだ。細かいことは教えられないが、その娘が自分の娘だということは本当だ」
「新城さんがこの子の母親なのですか?」
「あぁそうだ。しかしこれ以上は教えられない」
真実を中途半端に知ってしまうと色々と気になることが出てくるものだ。ほのかに聞いてみるか。
「パパは未来ではママと仲良しなの?」
「うん。お仕事いそがしいけど、なかよしだよお」
甘くて溶けそうな笑顔をふりまく、ほのか。
「ママはタイムマシーンを作っているの?」
「じいじの会社で働いているよお」
じいじって俺の親父のことか……。そういえば、幅広く事業を展開しているからな。見込みのある分野ではお金の出し惜しみをしない、親父らしい企業戦略だと思う。
その1日は学校もないので疑似親子生活がはじまった。何気ないことをして時間を過ごす。おえかき、おりがみ、動画を見て過ごす。その間、新城さんは家事をこなしてくれた。彼女も学校が休みなので、1日付き合ってくれることになった。彼女は意外と母親らしい。あたたかな家族像が浮き上がる。想像もしていなかった将来が見えてくる。幸せという味をかみしめる。
育児にも慣れてきた夕暮れ時―――突然、携帯電話が鳴り響いた。俺が最も恐れていた事態が起きたのだ。未来の自分が自分に指示する。
「ほのかが未来へ帰ることができるように準備ができた。帰るときは右側の赤いボタンを長押ししてくれ」
俺は渋々、ほのかに伝える。
「ほのか、未来のパパの所に帰るぞ」
「ほんと? 若いパパとママにはもう会えないの?」
「すぐ会えるよ。そのときまで、バイバイ」
新城さんも悲しそうな表情をしたが、無理に笑顔を作る。
「未来のパパとママによろしくね」
ふりかえりながら笑顔で言った。
「またね」
それがほのかの最後の言葉となった。言われた通りに、ほのかに荷物を持たせてボタンを押した。それは一瞬の出来事で、ほのかが目の前から光と共に消えたのだ。ほのかは未来へ帰ってしまったのだ。
ぬくもりと想い出だけを残して、ほのかが未来へ帰ってしまい、もうこの世界にはいない。あまりこちらに長くいると、デメリットが生じるという話を未来の自分から聞いていた。こちらで、ほのかがケガや病気をしても戸籍がない。
未来を変える出来事が起こるとまずい。未来に早く帰らないと、ほのか自体が消滅することもありうるのだ。日本、いや世界の何かを大きく変えてしまう可能性もあるのだ。だからなるべく未来に早く返さなければいけないと説明されていたのだが、本当はもっと娘と過ごしてみたかった。
「さて、これからどうしますか?」
「ほのかちゃんにまた会いたいですね」
新城さんが少しばかり寂しそうな顔をした。きっと子供好きなのだろう。――ほのかが俺たち二人の子供ならば、俺たちが結婚しなければ存在しないということだよな……? と自問自答する。
「もしよければ、恋人からはじめませんか?」
勢いで言葉を発してしまった。考えた末の言葉ではないので自分自身が戸惑ってしまった。
「私でよければよろしくお願いします」
相変わらず返事も礼儀正しい人だった。
同じ喪失感を味わった二人。それをきっかけに座った時の距離が縮まった。 そしていつかは……もう一度、笑顔がかわいい娘に会いたい。
俺たちは、めぐりあわせという縁によって出会った。彼女の心には俺がいて、俺の心には彼女がいる。未来は一日一日の積み重ねだ。すぐに何日も先に行くことはできない。だから、毎日を大切に二人で過ごそう。
******
未来のラボにて。社長と新城めぐりの会話。
「少子化が深刻になった今、過去を操作してさりげなく結婚させる事業は大成功ですね」
「君がまさかうちの息子を気に入って高校生の頃の過去を操作するとは、天才はやはり考えることが違うなぁ」
「過去を操作して結婚させる事業は少子化に歯止めがかかり、国の補助金もでて、大成功ですね」
過去を操作する事業が大成功したということだ。でも、きっかけは一人の科学者の恋だった。社長の息子を好きになったけれど、彼女はその時代で行動に移せなかったらしい。自分から告白するということは、恥ずかしがり屋でプライドの高い彼女にはハードルが高かった。それならば、過去を操作しよう。その発想はなかなかない。