佐由良が宮の中を歩いていると、急に人の声がした。

「おい、佐由良!」

 彼女が横を見るとそこには瑞歯別皇子(みずはわけのおうじ)が立っていた。どうやら彼女を待ち構えていたようだ。

「皇子、どうしたんですか?」

 佐由良はいきなり瑞歯別皇子が現れたので、とても驚いた。

(何で皇子が、ここにいるの?今は余り話したくないに……)
 
「お前に話しがある。ちょっとこっちに来い」

「でも、私は今は仕事で……」
 
「良いから俺についてこい」

 皇子は佐由良の言っている事など全く聞かずに、彼女の手を握ってそのまま人気のない所まで引っ張って行った。

(皇子、一体どうしたの?)


 そして人気のない場所に来ると、周りに人がいない事を確認して、皇子は佐由良の手を離した。

「佐由良、最近俺の事を避けてないか?」
 
 皇子はいきなり自分の疑問を彼女に問いた。

「別、別に避けてはいません。たまたま別の仕事が入って、皇子の元に行けなかっただけです」

(と言うより。本当は他の采女に代わって貰っていただけ)

 それを聞いた瑞歯別皇子は、それでも全く納得が言っていないようだった。
 そして皇子はさらに佐由良に歩み寄った。

 佐由良も思わず後ずさりしたが、後ろは壁になっていて、それ以上は逃げれない。

(どうしよう、これじゃ逃げれない)

 そして彼は、佐由良を思わず抱き締めて言った。

物部伊莒弗(もののべのいこふつ)の元から帰って来てからだぞ。佐由良、俺が何かお前の気に触るような事をしたか?」

 彼は怒ってると言うより、少し悲しんでいるようだった。

「そんな事はありません。あの時は皇子に本当に感謝してます」

 彼女にとってそれは本心である。

(駄目、やっぱり彼から離れないと!)

 それから彼女は、無理矢理彼から自分の体を離した。

「皇子、本当に何も無いんです。では私は戻ります」

 そう言って、彼女はその場を逃げるように去っていった。

 残された瑞歯別皇子は、ただただその場に立ち尽くした。

(一体これはどう言う事だ……)