帰り道、彼女は少し早歩きで家へと向かっていた。今日は満月の夜、いつにもまして月の白い光が辺り一面を照らしている。

 佐由良はふと先程黒日売からもらった首飾りを取りだし月にさらしてみた。 すると首飾りくは月の光を浴びて輝きを増した。
 何となくこの首飾りを持っていると、不思議と気持ちが落ち着くようだ。

「私はやっぱり大和に行くのかしら」

 ここよりも東にある大和は、吉備や海部の一族の娘の中でも憧れを抱く者も多いと聞いた事がある。そしてそこには国の大王が住み、自分にはまったく関わりのない世界、そうずっと思っていた。

 だが、先程の伊差奈の占いにあったように、大和に行けば自分のこれからの道が切り開けるのではないか、そんな気がしてきた。

 彼女がそんな事を考えていた丁度その時、急に彼女の脳裏に不思議な光景が映って見えてきた。
 
「え、これは何?」

 それは彼女の見たことのない場所だった。

 そして一人の見知らぬ少年がそこに立っていた。恐らく佐由良と同い年か、少し年上ぐらいに思える。とても良い身なりの服を着ており、どこかの豪族の者だろうか。

 顔ははっきりとは見えないが、どこか悲しそうな表情をしているようだった。

「この人は一体誰なの……」

 しかしその景色はほんの一瞬の出来事で、ハッと彼女が我に返った時には、その景色は消え失せていた。

  そして彼女は元の場所に立っていた。

「一体今のは何だったのかしら。知らない人だったけど、何だか切ない感じの人だったわ」

 佐由良はあまりの事に呆然とその場に立ち尽くした。しかし少しも怖いといった感覚はなく、とても不思議な出来事に感じた。

「とりあえず、どう考えても分かる事じゃない。きっと私疲れてるんだわ」

 そして首飾りをまた元の袋に入れた。

「さぁ、早く帰らないと。また奈木に怒られてしまう」

 そして佐由良はそこから走って家へと向かった。