宮に戻って来てから、佐由良はそれまでと変わらない生活を送っていた。

 そして、相変わらず采女としての仕事に追われる毎日である。

 ただ物部伊莒弗(もののべのいこふつ)の元に行った時に見た、不思議な光景の事で彼女は悩んでいた。

 瑞歯別皇子(みずはわけのおうじ)にはあの光景の事は話していない。未来に起こる事なら、今の本人に聞いても仕方がないと思ったからだ。

 それに自分の気持ちに気付いてしまった為、そんな話しを皇子にしたくなかった。

「佐由良、最近あなた元気が無いわね」

 采女の胡吐野(ことの)が心配して彼女に話しかけた。

「そう、いつもと変わらないけど」

「先週の物部の所へ行って来てからよ。何でも物部伊莒弗があなたの父親だったんでしょう?それなら嬉しいはずなのに、どうしてそんな暗い顔ばかりしてるの」

(私、そんなに暗い顔してるの)

「胡吐野、心配掛けてごめんなさい。でも本当に大丈夫だから。今はそっとして置いてもらえる」

 今の佐由良にはそう言うのが精一杯だった。

「それじゃあ、私行くわね」

 そう言って、佐由良はその場を離れて行った。

「全くもう……あの子は。瑞歯別皇子も最近あなたが顔を見せないから、気にされてるって言うのに」


 その頃、瑞歯別皇子も佐由良の最近の態度がとても気になっていた。

「物部伊莒弗の元から帰ってきてからの佐由良の様子がどうもおかしい。ここ1週間ぐらい全く俺に顔を見せようとしない。別に体の具合が悪い訳でも無いようだし……」

 彼には、彼女が何故自分を避けているのか、その理由がさっぱり分からないでいた。


「やっぱり、これは直接本人に確認するしか無いか」