「皇子、何でまた急に物部の方へなど?」

「いや、今回はちょっと用事が出来てしまったからな」

 瑞歯別皇子(みずはわけのおうじ)は、今日乗る馬の様子を見ながら家臣達にそう言った。

(よし、こいつの状態は大丈夫そうだ)

 彼らには、例の不思議な光景が見えた事は話していない。と言うより、そんな話しをしても恐らく信じてはもらえないだろう。

「それに、采女(うねめ)の佐由良まで連れて行かれるとは……」

 家臣達は皇子のとなりにいる佐由良に思わず目を向けた。

 佐由良もそんな家臣達の質問にどう答えて良いか分からず、思わず彼らから目を反らした。

「とにかく、お前達は気にしなくて良い」

 どうやら、瑞歯別皇子は馬の状態の確認が全て終わったようだ。 

「それにお二人だけで行かれるとは、お供も付けずにですよ」

(そう、それは私も同感だわ。まさか皇子と2人だけで行くなんて、思いもしなかった)

「まぁ、皇子はそんじょそこらの兵よりお強いですが……」

「片道だけでも半日も掛からないし、そんなに遠い場所じゃないんだ。いちいちとやかく言うな」
 
 家臣達は、皇子にそう言われて渋々納得した。

(何か家臣の人達がちょっと気の毒に思えて来る)

「おい、佐由良早く馬に乗れ」

 皇子にそう言われたので、佐由良は彼の手を借りながらさっと馬に乗った。
 佐由良が馬に乗ると、続けて皇子も彼女の後ろに乗った。

「じぁ行ってくる。お前達は留守を頼む」

 皇子は馬に乗った状態で家臣達に言った。 

「はい、ではくれぐれもお気をつけて」

「じゃあ行くぞ、佐由良」

「はい、皇子」

 こうして皇子は、馬を走らせて宮を後にした。

 家臣達はそんな2人をただただ見送った。

「皇子、本当にお気を付けて下さいませ」