「あぁ、分かっている」

 それを聞いた稚田彦(わかたひこ)は「では」と言って、森の外に向かって走っていった。

 瑞歯別皇子(みずはわけのおうじ)と佐由良はとりあえず草むらに隠れて、集落の方を見ていた。

(お願い、伊久売(いくめ)無事でいてね)

 そうしていると、瑞歯別皇子が佐由良の手を握って言った。

「良いか佐由良、絶対俺の側を離れるなよ」

 佐由良も思わず「は、はい」と答えた。
 先程の馬に乗っていた時程ではないが、2人の距離はとても近かった。

(こうやって近くで見ると、皇子ってやっぱり体つきがしっかりしていて、凄い男しい……)

 すると先程の瑞歯別皇子との口付けを思い出し、急に胸がドキドキして来た。

(バカ、今は伊久売達を助けるのが先決。何変な事考えてるのよ)

 佐由良は頭をブンブンさせた。


「稚多彦の速さなら、もうそろそろ宮に着いた頃か。はぁー本当に何でこんな厄介な事に巻き込まれるんだ」

 瑞歯別皇子は佐由良を近くに引き寄せて、イライラしながら言った。

「でも、皇子のお陰で犯人のアジトも見つかりました。捕まった娘達もこれで助けられそうですし」

 それを聞いた皇子は、佐由良に向かって言った。

「だが佐由良、今後はくれぐれもこんな無茶はしないでくれよ。今回は仕方が無かったとは言え、本当はお前をこんな所に連れて来たくは無かったんだ」

「それは、本当に済みません」

 佐由良は、それには言い返す言葉が無かった。

 すると瑞歯別皇子は、佐由良を自分の方へ向けて真っ直ぐ彼女の目を見て言った。

「とにかく、お前の事は俺が絶対に守ってやる」

(瑞歯別皇子……)



 その時だった。また急に不思議な光景が見えた。

 そこにはまた2人の若い男女がいた。

「これは前に見た2人だわ」

 そしてこの2人がいるのは、何と吉備の海部だった。
 
 佐由良がふと女性を見ると、その女性は佐由良に非常に良く似ていた。今の彼女よりも、何歳か年上に見える。

 そして一緒にいる男性が、その女性に何かを渡している。

「あれは、私が持ってる勾玉の首飾りだわ」

 彼女がそう思った瞬間、そこでその光景は終わってしまった。