「一体、何事だ!」

 その場に現れたのは瑞歯別皇子(みずはわけのおうじ)だった。そして皇子は、目の前で嵯多彦に捕まっている佐由良の光景を見て驚いた。

「お前、何をしてるんだ!!」

 佐由良は皇子に助けを求めて言った。

「皇子、助けて……」

 佐由良は必死で逃げようとするも、嵯多彦(さたひこ)は離そうとしない。

 そして嵯多彦は佐由良に刃物を突きつけた。

 佐由良もその刃物を見て体を震わせた。この刃物がちょっとでも自分に当たれば、簡単に皮膚が切られてしまう。

「皇子、この娘を助けたいなら大声を出さないでもらえるか」

「何だと」

 嵯多彦は刃物を佐由良の首もとに当てる。

 それを見た瑞歯別皇子もさすがに慌てた。自分が1歩でも前に出れば、彼女の首に刃物が刺さってしまう。

「分かった。声は出さない。だからその娘を傷付けるな」

 それを聞いた嵯多彦は、刃物を佐由良から離した。

 その瞬間、瑞歯別皇子の背後から現れた2人の男が皇子を捕まえた。

「お前達は、こいつと一緒に来た奴らか」

 2人掛かりで捕まったとあっては、皇子は振りほどく事が出来ない。

「さぁ皇子、これでお前もおしまいだな」

「何でお前達はこんな事を」

 瑞歯別皇子は、目の前の嵯多彦を睨み付けて言った。

「前の大王と吉備の黒日売のせいで、磐之媛は死んだ。ただ今の大王を殺してもお前がいる。だから逆にお前が死ねば、大和もかなりぐらつくだろうからさ」

「それでお前は俺を」

 それを聞いて、佐由良の目からも涙が出た来た。

「それと偶然、この吉備の娘を見て、吉備への復讐にもなるかと思ったんだが、何分綺麗な娘だったのでな。それで、こいつは慰めものにしようと思った訳だ。まだお前も手を付けてないようだったんでね」

「な、何だと!」

 瑞歯別皇子はこの一言で、かなりの怒りを覚えた。
 それまで必死に押さえつけられていた男二人を、無理やり跳ね返した。

「動くなと言ったはずだ。この娘がどうなっても良いのか」

(駄目だわ、このままじゃあ皇子が殺されてしまう……)

「皇子、私の事は気にしないで。皇子の命に比べたら、私なんて代わりはいくらでもいる」

 瑞歯別皇子はその場で、動けなくなった。

(くそ、この娘を見殺しになんて出来ない……)