だが采女とは見た目は大王達の側にお仕え出来る訳だが、言い方を変えれば人質のようなものだった。

「私を采女にですか。お祖父様、何でまた私など?」

「大和に差し出すとなれば、その辺の村娘では駄目だろう。その点お前は仮にもわしの孫娘だ、問題なかろう」

 佐由良は思った。やはり自分はこの海部には必要ない人間なのだと。
 だが彼女は、海部ひいてはこの吉備国、瀬戸内の海での暮らしが好きだった。この慣れ親しんだ海部を離れたくはない。

「お祖父様、私はこの海部を離れたくはありません。どうか考えをお変え下さい!」

 佐由良は思わず、乙日根(おつひね)に願いをこいた。

「いいや、駄目だ。これは既に決まった事だ。お前が何と言おうとも考えを変える気はない。」

「お祖父様、そんな……」

 するとふいに目から涙が零れだした。
 そして佐由良は、流れ落ちる涙を手で拭いながら続けて言った。

「やっぱり、この一族に私は必要無いんですね」

 普段人前で自分自身の弱味や、ましてや泣き顔など絶対に見せたくなかった。しかし目から涙が流れて来る。

「お前はわしら海部の事より、今後は大和での自分のあり方を考えなさい。それが海部の民の為だ」

 所詮、佐由良だどう言い返したところで、乙日根が考えを変える事は無いのだろう。また相手は海部の長である。佐由良にはどうする事も出来なかった。

「お前も知っておるだろう、黒日売(くろひめ)が大和に嫁いで散々な目にあった事を。しかしその元凶とも言える、磐之媛(いわのひめ)も既に亡くなっている。さして問題もなかろう」

 黒日売とは海部乙日根の娘で、佐由良にとっては叔母にあたる。
 そして、最近崩御したばかりの大王の妃だった人だ。だが皇后の磐之媛のとてつもない嫉妬と陰謀に耐えきれなくなってしまい、故郷の吉備の海部に戻って来てしまった。

「まあ采女も、大王や皇子の子を産む者もいるので、場合によってはお前も妃になれるかもしれん」

「私が大王や皇子の子を産む……」

 彼女はぞっとした。自分もそんな皇族に物のように扱われてしまうのだろうか。そう考えると本当に自分が哀れに思えて来る。

 もちろん采女の者達皆が、皇族の子を産む訳ではないが、もし夜に呼ばれればそれを拒む事は恐らく出来ないだろう。

「先日大雀(おほさざき)の大王が崩御し、次は恐らく大王の子である去来穂別皇子(いざほわけのおうじ)が新たな大王になるだろう。よってお前も急いで大和に行ってもらう事になる。その心つもりでいるように」

 佐由良は余りの事に何も言い返せれず、顔をうつむかせて、なおも泣いた。

 しかしそんな佐由良の姿を見ても乙日根の表情は何も変わらなかった。

「では、今日はもう帰って良いぞ。詳しいことはまた追って連絡する」

 結局彼は佐由良の意見をまったく聞こうとはしなかった。

「分かりました。では失礼させて頂きます」

 そう言うと、佐由良はふらりと立ち上がった。それから入り口傍までよろよろと歩いて行き再度頭を下げてから、その場を後にした。