その後、瑞歯別皇子(みずはやけのおうじ)は苛立ちを抱えながら1人で歩いていた。

「あいつは一体何なんだ。無礼にも程がある。どうして葛城はあんな奴を寄越したんだ!」

(くそ、あんな娘なんかのどこがそんなに良いって言うんだ)


 そんな皇子の前に、偶然佐由良が通り掛かった。

(あれは瑞歯別皇子、先程の葛城の方とはもうお話し終わったのかしら)

 佐由良は軽くお辞儀をして、皇子の側を離れようとしたその矢先。

「おい、お前!」

 彼は急に大きな声を上げて佐由良を呼び止めた。

(え、一体何?)

 今まで一度も目を会わせてくれなかった皇子が、急に怒鳴り声で呼ばれたので佐由良もさすがに怯えた。

「お、皇子。何でしょうか」

 佐由良は少し怯えながら彼に返事をした。

「お前、さっき来たあの男を案内していたな」

 皇子は怒りの先を佐由良に向けるかの如く、低めの声で彼女にそう言った。

(さっき来られたって、葛城の人達の事よね)

「はい、先程葛城から来られた方々を案内しましたが、それが何か」

「お前、あの男に色気でも使ったのか。なんてやましい女なんだ、お前は」

(え、一体何の事?)

「皇子、私はそんな色気なんて使ってません。ただ普通に案内しただけです。それに葛城の方に生まれを聞かれて、吉備と答えても嫌な顔を全くせず、とても親切な方でした」

「生まれを気にしないと言われて、ほいほいその気になったって訳か。お前自分の立場を分かってるのか」

 佐由良は、ただただ訳も分からなく皇子に攻められてしまい、訳が分からない。

「私は何も悪い事なんてしてません。私には男性を好きになる資格なんてないですし……」

 それを聞いた瑞歯別皇子は、酷く彼女をあざ笑うかのような口調で言った。

「まぁ釆女の分際であれば、主君に相手にされなければ、行く当てもないからな」

(私、何でそんな事言われないと行けないの) 

 皇子にそう云われた瞬間、佐由良の目から涙が流れた。そして思わずその場で彼女は泣き出してしまった。

 そんな彼女を見て、彼は思わず『はっ!』と我に返った。  

(俺は今なんて事を……)

「悪い、ちょっと苛立ってただけだ」

 だがそれでも彼女の涙は止まらない。

「あーもう責めないから、お前はさっさと行け」

 そう言われた佐由良は、無言で頭を下げてそのままその場を去っていった。


「はぁー、おれは一体何をしてるんだ」

 ふと彼の脳裏に、先程の佐由良の泣き顔がよぎった。

(泣かせるつもりなんてなかったんだ……)



 佐由良はしばらくそのまま走って、皇子が見えなくなる所まで来て止まった。

「大和にやって来て、やっと自分は周りから受け入れて貰えてると思ってたのにな……」

 彼女は目から流れてる涙を手で拭き、そしてそのまま仕事へと戻って行った。