「では、ここでお待ち下さい。後ほど瑞歯別皇子(みずはわけのおうじ)がここに来られます」

 佐由良は、嵯多彦達を部屋の中で座らせてからそう話した。

「分かりました。わざわざ有り難うございます」

 嵯多彦(さたひこ)は愛想良く佐由良に応えた。

「では私はこれで失礼します」

 佐由良はそう言うと、軽くお辞儀をして部屋を出ていった。


 そうしてしばらく待っていると、瑞歯別皇子が数名の供と一緒にやって来た。そして皇子は部屋に入ってくるなり、嵯多彦の前に来てトシッと座った。

(ふーん、こいつが例の瑞歯別皇子か。何とも凛々しい感じの皇子だな)

 嵯多彦は、瑞歯別皇子を見てそう思った。

「ようこそ、葛城からおいで下さった。大王の弟の瑞歯別(みずはわけの)と申す」

 瑞歯別皇子は姿勢を正して、嵯多彦達に挨拶をした。

「こちらこそ、今回は急な訪問で申し訳ない。葛城の嵯多彦と申します」

 嵯多彦も皇子に続いて挨拶をした。

「そなたの名前は母から聞いた事がある。確か母の従姉にあたる方とか」

「はい、その通りです。まさか皇子が私の名前をご存じとは驚きました」

(磐之媛(いわのひめ)が私の事を話していたのは、これは意外だったな)

「何でも、子供の時からとても仲良くしていたと聞いてます」

(そんな磐之媛を死においやったのは、お前の父親と吉備の黒日売だ。そうだ、これはちょっと探ってみるか)

 ふと嵯多彦はある事を思い付いた。

「そう言えば、ここに案内して下さった女性がたいそう綺麗な方でしたな。名を佐由良と伺いました。何でも吉備から来た方とか」

「えぇ、そうです。1ヶ月程前からこの宮に仕えている娘です」

(なんで、あの娘の話しが出てくるんだ?)

 瑞歯別皇子はふと不思議に思った。

「あれほど綺麗な娘を側に置いてるとは羨ましい限りですね。皇子の妃にとお考えですか」

「え、妃」

 瑞歯別皇子は思いもよらない事を言われ、一瞬体が固まってしまった。

(うん、何んとも妙な反応だな?)

 嵯多彦はさらに続けて言った。

「これは失礼。てっきりもうそう言う扱いの娘かと思ってしまったもので。でもあれだけの娘であれば、他の男もさぞ欲しがってるでしょうね」

(こいつ、一体何を言ってるんだ……)

 皇子の供で来た男達もはすがに、驚きを隠せない。
 
 瑞歯別皇子も何とも言えない苛立ちを覚えた。

「確かに私には妃はおりません。それは今慎重に考えている所です。あの娘に関しても、彼女はこの宮に仕えている者です。軽々しい事は言わないで頂きたい」

(何で俺があんな娘の為に、ここまで説明しないといけないだ……)