そうしてまた平穏な日々に戻っていったその数日後、思いもよらない事件が起こった。

 去来穂別皇子(いざほわけのおうじ)のいる宮で、妃の黒媛(くろひめ)が今日ものんびりと過ごしていた。日も夜になり、姫のお世話をしている女達も引き下がった後だった。

「今日皇子はお出掛けで帰られないのよね」

 去来穂別皇子は家臣と外に出ていっている為、姫の所のには来ないようだ。もっとも他の妃達もいるので、いつも黒媛の所に通う訳ではないのだが。

「さぁ、今夜も冷えてきたので横になろうかしら」

 そう彼女が思っていた矢先、ふと誰かの声が聞こえた。

「黒媛様、起きてらっしゃいますか」

 一体こんな夜に誰だろう。黒媛はあわてて起き上がった。

 すると暗闇の中から、その人影が現れた。

「あなた、住吉中皇子(すみのえのなかつおうじ)

 彼女は全く予期していなかった訪問者に驚いた。どうして彼がこんな夜に来るのだろう。供をつけている訳でもなさそうだ。

「黒媛様、どうもお久しぶりです」

 普段はとても穏やかな住吉中皇子が、今夜は闇に溶け込んで、少し妖しく見えた。

「こんな夜中に何の用なの」

 黒媛は少し怯えながら、住吉中皇子を見た。

「実は、黒媛様にお伝えしたい事があって、今夜参いらせて頂きました」

「え、私に伝えたい事?」

 住吉中皇子は、回りに誰もいないのを確認して、黒媛の側までやって来た。

 そして黒媛の横に座ると、低い声で話した。

「実は、これから私は兄上である去来穂別皇子を討とうと思っております」

 去来穂別皇子を討つ、つまりそれは皇子を暗殺しようと言う事だ。

「あ、あなた、何て事を言うのよ。冗、冗談でしょう!」

 黒媛の体が震えだした。

「いいえ、冗談などではありません。それで兄上を討った後は、黒媛様、あなたには私の妃になってもらいます」

「え、私があなたの妃に」

「はい、今までずっと隠しておりましたが、実は以前よりずっと黒媛様あなたを好いておりました。そして何とかあなたを手に入れたいと考えていたのです」

「まさかあなた、その為に皇子を討とうとしているの」

「はい、その通りです。兄上はあなたとの事をとても気に入っておいでだ。私は、兄上の妃になる前からずっとあなたを見ていと言うのに……」

 住吉仲皇子の目は今まさに人を殺すような目をしていた。

「ねえ、お願いそんな事はやめて。去来穂別皇子を殺すなんて」

「いいえ、無理です」

 黒媛は、今悪夢を見ているかのようだ。あの心優しい皇子を自分がこんな人に変えてしまったのかと。

「住吉仲皇子」

 すると、皇子は黒媛を抱き寄せた。

「皇子、一体何を」

 黒媛は急に動揺して来た。皇子を引き離そうとしても、彼はびくともしない。

「黒媛様、どうかこのまま私を受け入れて下さい」

 そう言うと皇子は黒媛をその場に押し倒した。

「黒媛様。今宵は私の物に……」

「住吉仲皇子お願いやめて、誰、誰かー!!」

 しかし、住吉仲皇子がとっさに手で彼女の口をふさいだ。

「し、姫お静かに」

 そしてそのまま住吉仲皇子は黒媛に覆い被さった。

(去来穂別皇子、助けて……)

 か弱い黒媛では、男性である皇子から逃げる事はよう出来ない。


 こうして、住吉中皇子は無理矢理に黒媛を自分のものにしてしまった。