そうしていると、ふと住吉仲皇子が話をふってきた。
「佐由良もここに来てしばらく立つが、故郷を寂しいとは思わないのか」
「え、故郷ですか?」
「そうだ、生まれ育った土地を離れてここに来たのだ。寂しく感じる事はあるのだろ」
「そうですね、無いと言ったら嘘になるかもしれません。ただ元々私の生まれは余り喜ばれていなかったので、陰で疎んじられる事もありました。でも海部の暮らし自体はとても好きでした」
「陰で疎んじられる?」
「はい。私の母は祖父が使用人の女に生ませた子供で、その母もどこの部族かも分からない男との間に私を作りました。そんな母も私が産まれて間もなく死んでしまったので、私は厄介者でしかありませんでした」
「そうか、そんな事が」
住吉仲皇子も最初に彼女を見た時、表情が少し固く、何か酷く気を張っている感じがしたが、その理由が今の話で納得出来ると思った。そんな環境で育ったのであれば仕方のない事だ。
むしろ、そんな環境の中でも良くここまでしっかりと育ったものだと感心するぐらいだ。
「でも、大和に来て、住吉仲皇子や他の采女の人達と接する中で、やっと本来の自分を見せれるようになったと思います。そう言う意味では大和に来て本当に良かったです」
佐由良は、心底そう思う事が出来た。初めはあんなに海部を離れるのを嫌がっていたのが嘘のようだった。
「そうか、それを聞いて安心だ。てっきり故郷に好いた男でもいたのではと少し心配もしていたんだよ」
「そんな好いた男なんて……まだ恋もした事がないのに」
それは聞いた住吉仲皇子は思わず吹き出し、クスクス笑いだした。
「住、住吉仲皇子!」
佐由良は思わず顔を赤くした。
「いやいや、これは失礼。佐由良が余りに可愛らしくて、ついつい。そうか、まだ佐由良は恋をした事が無いのか」
「住吉仲皇子は好きな方がいらっしゃるんですか」
「そうだね、いるにはいるんだが、何と言うか、とても私には手の届かない方で。中々辛い恋ではあるんだよ」
「え、住吉仲皇子が届かない人って。一体誰なんですか?」
「ごめん、佐由良。それは言えないんだ」
その時2人の間にシーンとした空気が流れた。
住吉仲皇子は普段は本当に気さくな方だが、中々本心は見せられない。きっとそれぐらい本当に思われている女性がいるのだろう。
「皇子、私には相手の女性がどなたかは分かりません。でも皇子は私から見ても気さくで、優しくて、本当に素敵な方です。そんな皇子を拒める女性なんて、いませんよ」
それを聞いた住吉仲皇子は一瞬驚いたが、急に佐由良に歩み寄ってそのまま彼女を抱きしめた。
「佐由良、有り難う。君にそう言って貰えるだけでもとても嬉しいよ」
「住吉仲皇子……」
佐由良は突然の事でどうして良いか分からず、そのまま身を任せたままでいた。ただずっと心臓はドクドクと波打っている。
(どうかこの心臓の音が皇子に気付かれませんように……)
それからしばらくして、住吉仲皇子は、そっと彼女から離した。
「私も相手が、佐由良、君のような子だったらどんなに良かったか」
佐由良はそう言われて、思わず目から涙が込み上げて来た。
そして皇子は彼女の頭を軽く撫でた。
「では、私は先に行くね。もう暗いし、余り長くいるんじゃないよ」
彼はそう言って、スタスタとその場を離れていった。
「神様、どうか皇子の思いが報われますように、そして先程見た光景が本当になりませんように」
結局のところ先程見えた光景が何だったのかは分からない。ただただ住吉仲皇子の幸せを祈るばかりであった。
「佐由良もここに来てしばらく立つが、故郷を寂しいとは思わないのか」
「え、故郷ですか?」
「そうだ、生まれ育った土地を離れてここに来たのだ。寂しく感じる事はあるのだろ」
「そうですね、無いと言ったら嘘になるかもしれません。ただ元々私の生まれは余り喜ばれていなかったので、陰で疎んじられる事もありました。でも海部の暮らし自体はとても好きでした」
「陰で疎んじられる?」
「はい。私の母は祖父が使用人の女に生ませた子供で、その母もどこの部族かも分からない男との間に私を作りました。そんな母も私が産まれて間もなく死んでしまったので、私は厄介者でしかありませんでした」
「そうか、そんな事が」
住吉仲皇子も最初に彼女を見た時、表情が少し固く、何か酷く気を張っている感じがしたが、その理由が今の話で納得出来ると思った。そんな環境で育ったのであれば仕方のない事だ。
むしろ、そんな環境の中でも良くここまでしっかりと育ったものだと感心するぐらいだ。
「でも、大和に来て、住吉仲皇子や他の采女の人達と接する中で、やっと本来の自分を見せれるようになったと思います。そう言う意味では大和に来て本当に良かったです」
佐由良は、心底そう思う事が出来た。初めはあんなに海部を離れるのを嫌がっていたのが嘘のようだった。
「そうか、それを聞いて安心だ。てっきり故郷に好いた男でもいたのではと少し心配もしていたんだよ」
「そんな好いた男なんて……まだ恋もした事がないのに」
それは聞いた住吉仲皇子は思わず吹き出し、クスクス笑いだした。
「住、住吉仲皇子!」
佐由良は思わず顔を赤くした。
「いやいや、これは失礼。佐由良が余りに可愛らしくて、ついつい。そうか、まだ佐由良は恋をした事が無いのか」
「住吉仲皇子は好きな方がいらっしゃるんですか」
「そうだね、いるにはいるんだが、何と言うか、とても私には手の届かない方で。中々辛い恋ではあるんだよ」
「え、住吉仲皇子が届かない人って。一体誰なんですか?」
「ごめん、佐由良。それは言えないんだ」
その時2人の間にシーンとした空気が流れた。
住吉仲皇子は普段は本当に気さくな方だが、中々本心は見せられない。きっとそれぐらい本当に思われている女性がいるのだろう。
「皇子、私には相手の女性がどなたかは分かりません。でも皇子は私から見ても気さくで、優しくて、本当に素敵な方です。そんな皇子を拒める女性なんて、いませんよ」
それを聞いた住吉仲皇子は一瞬驚いたが、急に佐由良に歩み寄ってそのまま彼女を抱きしめた。
「佐由良、有り難う。君にそう言って貰えるだけでもとても嬉しいよ」
「住吉仲皇子……」
佐由良は突然の事でどうして良いか分からず、そのまま身を任せたままでいた。ただずっと心臓はドクドクと波打っている。
(どうかこの心臓の音が皇子に気付かれませんように……)
それからしばらくして、住吉仲皇子は、そっと彼女から離した。
「私も相手が、佐由良、君のような子だったらどんなに良かったか」
佐由良はそう言われて、思わず目から涙が込み上げて来た。
そして皇子は彼女の頭を軽く撫でた。
「では、私は先に行くね。もう暗いし、余り長くいるんじゃないよ」
彼はそう言って、スタスタとその場を離れていった。
「神様、どうか皇子の思いが報われますように、そして先程見た光景が本当になりませんように」
結局のところ先程見えた光景が何だったのかは分からない。ただただ住吉仲皇子の幸せを祈るばかりであった。