「とりあえず、瑞歯別皇子(みずはわけのおうじ)とは今後会わないようにしなさい。それがあなた自身の為だわ」

 加那弥(かなみ)のその言葉に少し苦しさを感じもしたが、自分にはどうする事も出来ない。

「うん、分かった」

 それを聞いた加那弥は少し安心した。

「ところで、今夜去来穂別皇子(いざほわけのおうじ)の為の宴があるんだけど、それの手伝いを佐由良にも手伝って欲しいそうよ。元々その為にここにあなたを探しに来たんだから」

「そうだったの。分かった、私も一緒に行くわ」

 こうして二人は急いで宮に戻った。

 それから佐由良達は慌ただしく動き回った。宴の準備から始まり、宴が始まるとそこに来た者達に、料理やお酒を運んだりとで、全く休む間もなかった。

 ただ宴の間、去来穂別皇子達はとても楽しまれているように思えた。
 また住吉仲皇子(すみのえのなかつおうじ)も弟の瑞歯別皇子が来る事は聞かされていなかったみたいだった。

 だが佐由良は瑞歯別皇子に対してはどうしてもビクビクしてしまい、余り近づこうとはしなかった。


 そしてそんな宴もお開きになった。佐由良達も後片付けに終われていたが、それも一段落し、彼女はふらっと外に出てぼんやりと月を眺めた。

 こうしていると、海部で黒日売の帰りに月を見上げた時の事を思い出す。

 彼女はふとその時身につけていた勾玉の首飾りを手にもった。これは海部で黒日売から貰った、母親の麻比売(あさひめ)の首飾りである。首飾りは海部の時と同じように、月の輝きを受けて光輝いていた。

「この首飾りを見ていると、不思議と落ち着く」

 そんな時だった。また不思議な光景が脳裏に浮かんで来た。

 そこには1人の男性がいた。

「あれは、住吉仲皇子」

 皇子の前には別の男がいて、何か皇子に話しをしているみたいだった。その男は後ろ姿な為、誰かは分からない。

 しかし手には刃物をもっており、そして一気に皇子に向かっていった。

「やめてー、住吉仲皇子!!」

 こんな光景は見ていられない。佐由良は思わず両手で顔をおおった。

 しかしその瞬間に、その光景は終わってしまった。

 佐由良はハァーハァーと息を切らしていた。

「今、今の一体……まるでこれから本当に起こるとでも言うような」

 彼女の首飾りを持つ手が少し震えていた。

「もしかしてこの首飾りが原因なの」

 その時彼女の後ろから声がした。

「佐由良ここにいたのか」

 慌てて振り返ると、そこには住吉仲皇子が立っていた。

「住吉仲皇子、どうしてここに」

 佐由良は少し動揺しながら答えた。

「佐由良何かあったのか?」

 住吉仲皇子もそんな彼女の様子が少し気になった。

 しかし佐由良は、振る振ると首をふった。

「何でもありません、ちょっと月を眺めていたんですが、急に皇子の声がしたので、少し驚いただけです」

 そう言いながら、彼女は首飾りをしまった。

「そうか、それはすまないね。私もちょっと外の風でも当たろうかと思って出て来たんだよ」

 住吉仲皇子はそう言って、彼女のそばに寄ってきた。

「確かに月が綺麗だね。今日は一段と輝いている」


 二人は何となく月を眺めていた。今日は満月の日で、月がとても輝いていた。