その後佐由良は宮から少し離れた丘の上まで来ていた。昼を過ぎこれから夕方になりかけの頃だ。

 ここは少し高い位置になっていて、住吉仲皇子(すみのえのなかつおうじ)の宮も見渡せる。

 そこでふと佐由良の目の先に見知らぬ人が1人立っていた。どうやら宮の方を眺めているみたいだ。

 その者は佐由良の気配に気が付き、ふと後ろを振り返った。とても身なりの良い服を来た青年で、歳は佐由良よりも数歳上ぐらいだろうか。

 容姿美麗な顔立ちをしており、また口元から見える歯がとても綺麗だった。そんな彼を見て、佐由良はそんじょそこらの姫より美しいのではないかとさえ思えた。

(こんな綺麗な顔をした男の人、初めて見たわ。今日来られた去来穂別皇子(いざほわけのおうじ)の従事の人かしら)


 青年は佐由良の顔を確認すると、少し低めの声で彼女に声を掛けた。

「誰だお前は、この宮に使えている者か」

「は、はい。少し前からこの宮に使えております。名を佐由良と申します」

 佐由良はそう言って顔を下げた。

 その時2人の間では少し風がなびいて来て、草の匂いがした。

「佐由良か……お前、生まれはどこの国だ」

「はい、吉備国、海部の生まれです」

 佐由良は少し緊張しながら答えた。この言葉の発し方からこの青年が誰かは分からないが、大和内でも身分の高い者なのだろう。それにもしかしたらどこかの豪族の皇子かもしれない。

「何、海部だと?もしかしてお前が海部乙日根の元から来た娘か」

「はい、乙日根は私の祖父にあたります」

(私のお祖父様を呼び捨てにするなんて、この人いったい誰なの……)

 佐由良はただただ質問に答える事しか出来なかった。

「あの女の族か。兄上もいくら大和の為とはいえ、もっと他の族の娘でも良かったろうに」

「え、兄上」

「良いかお前。自分の身が大事なら、今後は余り俺の前に現れたりするな。分かったな!」

「え、は、はい。その、あなた様は一体……」

 その青年は佐由良の返事など聞かずにどしどしと歩いて行った。