暫くして、佐由良はやっと瑞歯別皇子《みずはわけのおうじ》から解放された。
そしてその足で阿止里《あとり》を探した。

すると思いのほか阿止里はすぐに見つかり、彼は1人呆然と外の景色を眺めていた。

「あ、阿止里……」

阿止里は佐由良の声がして、ふと振り返った。彼は少し悲しそうな顔をしていた。

佐由良はそのまま彼の側まで来た。だがどう声をかけたら良いのか悩んだ。

(やっぱりさっきの見られてるわよね。阿止里はどう思ったんだろう)

すると阿止里は、少しだけ優し目な表情で言った。

「別に佐由良が悪い訳じゃないから、良いよ。まぁ、かなりの衝撃は受けたけどね」

それから彼はまた外の景色を見ながら言った。

「別に無理やりされてた訳でもなさそうだったし。佐由良は皇子の事が好きなのか?」

佐由良は阿止里にそう言われ、思わず「うん」とだけ答えた。

もし瑞歯別皇子が無理やり佐由良に迫っていたとなったら、その場で2人を引き離そうとしただろう。
だが実際はそうではなかった。自分に見つかった際も、皇子は佐由良を守っている感じだった。それぐらい佐由良が大事なのだろう。

「ふぅーそうか、まぁ吉備から大和に送り出す時点で、こうなる可能性も十分にあったからな」

「阿止里、私は大和に来た事を後悔はしてない。大和に来ていろんな人と出会う事が出来た」

(それに瑞歯別皇子とも出会い、初めて恋を知ったわ)

「佐由良は吉備に戻りたいとは思わないのか?」

阿止里はそう言って、佐由良に振り向いた。そんな阿止里を見て、やはり以前の彼とは違う感じがした。

「阿止里、ごめんなさい。私は大和にいるわ」

彼女はそう彼に話した。
大和には一緒に働いてる宮の人達や、父親の伊莒弗《いこふつ》、皇族の人達、そんな人達と別れたくはなかった。
それにここには瑞歯別皇子もいる。

「そっか、分かった。お前がそこまで言うんだ。それぐらい今のここでの生活が大切なんだな」

阿止里はそう言うと、「じゃあ、俺は行くな」と言ってから、その場を後にした。

佐由良はそんな阿止里の後ろ姿をただただ見つめていた。


そんな光景を瑞歯別皇子は隠れて見ていた。やはり佐由良が阿止里の後を追うだろうと思って、心配して後を着けていたのだ。

(とりあえず、佐由良が大和を離れる気がないのを知って安心した。
だが阿止里はやはり佐由良を好いていたみたいだな。
でもあいつの心の中は今ズタズタだろう。以前から好きだった娘が大和に行かされ、それで会いに来てみれば、あっさり他の男に取られていたのだから)