「あぁ、そうですね。済みません、佐由良に会えたものだからつい」

阿止里《あとり》は瑞歯別皇子《みずはわけのおうじ》に謝った。だが佐由良に会えた事が余程嬉しかったのだろう。とても満足そうな表情だった。

(阿止里、吉備ではこんな事する子じゃ無かったのに。これはちょっと意外だわ)

やはりここは大和なので、日頃の環境から解放されたからなのかと佐由良は思った。
阿止里と一緒に来ている他の数名も何となく見覚えがある人達だ。
だが彼らも阿止里の態度にはかなり驚いているようだった。

そんな態度を見て、瑞歯別皇子の苛立ちはどんどん上がっていった。
だがそんな彼の思いは、佐由良には全く伝わってなさそうだ。

そんな状態に唯一気付いているのは稚田彦《わかたひこ》のみだった。

(これは、皇子もかなりご立腹の様子。後で何とか皇子の機嫌を損ねないようにする旨、佐由良に伝えておこう。そうしないと瑞歯別皇子の嫉妬が原因で何か問題が起きても大変だ)


こうして瑞歯別皇子一行は移動する事になった。

すると阿止里は佐由良に耳打ちした。

「佐由良、また暇な時間が出来たら教えて欲しい。久しぶりだし、少し話しでもしないか」

それを聞いた佐由良は内心複雑だった。

(そりゃあ、阿止里とは話したいけど、瑞歯別皇子の目も有るしな...
私と皇子の関係は宮の人達にはバレてる。それなのに阿止里と隠れて会ってたなんて事が知れたら、問題事になりかねない……)

「うーん、それはちょっと約束出来るかどうか分からない。私も一応采女の立場なんで、誤解を招くような事は避けないと」

「お願いだ佐由良。そんなに長い時間はかけさせないから。それに俺達は親戚同士。上手い言い訳だって出来るさ」

さすがの佐由良も、ここまで阿止里にお願いされると断り切れない。

(阿止里の事は、以前瑞歯別皇子にも話してるし、理解はしてくれるはず……)

「分かったわ。じゃあちょっとだけね」

佐由良は仕方ないかと思い、渋々了承した。

「あぁ、佐由良。本当に有り難う」


こうして瑞歯別皇子一行は、そのまま宮の中を案内して回った。

また佐由良からの報告で、今回の訪問者の中に怪しい者は見あたらないとの事だった。

そして佐由良の方も仕事や、今日の宴の準備にと忙がしく回っていた。