季節も6月に入った頃である。
瑞歯別皇子《みずはわけのおうじ》の宮にある連絡が入ってきた。

皇子の補佐に当たる稚田彦《わかたひこ》はその伝言を聞き、そのまま皇子の元へとやって来た。

「何、吉備からの訪問とは珍しいな。それは去来穂別大王《いざほわけのおおきみ》の元に行くついでにここに来ると言う事か?」

瑞歯別皇子は、稚田彦からの伝言を部屋で仕事をしながら聞いていた。
大和の皇子で、大王の皇太子である彼は政り事や大王の補佐等で、日々忙しく過ごしていた。

「はい、どうもそのようです。まぁ、大王の元にだけ行くなら分かりますが」

稚田彦も今回の吉備からの訪問は少し不思議に思えた。
彼も前に葛城の嵯多彦《さたひこ》の事件の事は聞いているので、少し心配している。

「ちなみに吉備から来るのか。それとも佐由良の実家の吉備海部からの訪問か?」

吉備と言っても、そのな中にも族が分かれている。普段は吉備と一括りには呼んでいるのだが。

「あぁ、失礼しました。海部からの方ですね。ただこれが海部単独なのかは分かりませんが」

「もしかすると、乙日根《おつひね》が大王の元に行くついでに、こちらの様子も見てくるよう指示を出したのかもしれん。ここには佐由良がいるからな」

前に物部伊莒弗《もののべのいこふつ》の元に行った時に、佐由良の母親の話しを聞いたので、乙日根がそんな指示を出していてもおかしくはない。

それに佐由良にその訪問者を確認させれば、その者が怪しいかどうかは直ぐに分かるだろう。

「とりあえず、今回来る訪問者が怪しくないかどうかは、佐由良に見てもらう。前の葛城の嵯多彦のような事は懲り懲りだからな」

だがあれがあったお陰で、瑞歯別皇子と佐由良の関係に変化が起こったのも事実なので、彼自身は内心複雑だ。

(ただあの事件が無ければ、俺は未だに佐由良を憎んでたかもしれない。自分の気持ちにも気付かず、その思いが変な方向に行っていたかもしれない……)

「確かに、佐由良に確認してもらえば安心ですね。でも、佐由良は確か実家では余り良い待遇を受けてなかったと聞いてますが?」

元々吉備の海部内で、佐由良は妨げられていた。それは佐由良の父親が誰かも分からず、乙日根自身が彼女を避けていたのが原因だ。
だが実際、乙日根は佐由良を気にかけていた可能性がある。

「佐由良に嫌な思いをさせる事がないよう、そこは俺がしっかり見ているさ。最悪、あいつには訪問者の確認だけしてもらえたら良いからな」

(あいつを傷つけるような事なんて、絶対にさせない)

瑞歯別皇子はそう心に誓った。