「そ、そんな事って」

 御津日売(みつひめ)は余りの事に言葉を失った。

「それでも構わないなら、このままこの宮にいても良いが。それが不服なら、和珥(わに)に戻っても良いぞ。別に俺はお前を処罰しようとかは思ってないからな」

 御津日売は思わず顔を引きずった。

「分かりました。今後の事は和珥と相談して、またお伝えさせて頂きます」

「あぁ、そうしてくれ。和珥には俺の方からも丁重に話すから、お前に不利にはならないようにはするさ」

 それから御津日売は部屋を出ようとして立ち上がり、そして出口の前で止まった。

「1つ皇子にお聞きしたい事がございます。その妃にしたいと言う娘は、吉備の佐由良という娘ですか?」

 瑞歯別皇子(みずはわけのおうじ)は一瞬、何で佐由良との事を知ってるのか驚いたが、表情を変える事なく言った。

「あぁ、俺はあいつ以外愛する気はない」

「そうですか、分かりました。では失礼します」

 そう言って彼女は部屋を出ていった。



 そしてそれからしばらく経って、御津日売は実家の和珥に戻る事になった。

 そして彼女が和珥に戻って立場が悪くならないように、瑞歯別皇子は十分に和珥に言い聞かせた。


 その後瑞歯別皇子達の元に、また平穏な日々が戻って来た。

「はぁー、やっぱり佐由良の膝の上でこうやって寝転ぶのが一番落ち着くな」

 皇子は相変わらず、佐由良の膝の上でくつろいでいた。

「皇子は、いつもお忙しいですからね」

 佐由良は思わず皇子の髪を触って言った。

(やっぱり、何だかんだでも、自分の事を大事に思ってくれるこの人が好き)

 佐由良はふとそんな事を考えながら、彼を見ていた。

「あ、そうだ!」

 瑞歯別皇子は何かを思い付いたかのように、急に起き上がった。

「皇子、だうしたんですか?」

 佐由良は不思議に思った。

「いや、前々から思ってたんだが。俺達いずれは一緒になるだろう?だから佐由良、2人の時ぐらいは俺を名前で呼んでくれないか?」

「皇子を名前で呼ぶですか?」

「あぁ、そうだ」

 瑞歯別皇子はすがり付くようにして、彼女のに言った。

(皇子を名前で呼ぶなんて)

 佐由良は急に恥ずかしくなって来た。

 だが勇気を振り絞って彼女は言った。

「み、瑞歯別……」

(やっぱり、何か恥ずかしい)

「あぁ、そうさ。これからはずっとそう呼んでくれ」

 そう言って瑞歯別皇子は、思わず彼女を抱き締めた。

「でも何だか、ちょっと照れ臭いですね。まるでどこかの若い恋人同士みたいで」

(でも名前で呼ぶと、何だか親しみが強くなって、よりこの人が愛しく思える)

「別に、俺達今は恋人同士のようなもんだろう」

 瑞歯別皇子も嬉しそうにしながら言った。

(まだ慣れてないから、中々直ぐには上手く言えないけど、いつかは気軽にお互いの名前を呼びあえるようになりたいな)

 こうして、2人はこれからの未来に向けて共に進んでいこうと思った。