「そうか、佐由良を大和に」

 阿久来(あくら)は無反応で今回の佐由良の件について、奈木(なぎ)から話しを聞いた。

「そうなんだよ。これでやっと、厄介者もいなくなる訳だわ」

 奈木は心なしか喜んでいるみたいだ。

「あの子がうちに預けられて9年ぐらいかね。族の奴らは皆あの子を同族とは見なしてなかったから、私らまで余りよく思われてない感じだったじゃないか」

 だが相手は仮にも長の孫娘、世話をしない訳にもいかなかった。そして今日までこの夫婦は彼女と過ごして来た。

「まぁ、お前も程々にしておけ。もし日乙根(おつひね)様に今の話が知られたら、さすがの日乙根様もお怒りになるはずだ。まぁ薄々は気づいてるだろが」

 阿久来はそう言って酒をクイッと飲み干した。

「まぁ、そりゃあそうだけどさ」

 奈木は阿久来の返事に少し不満気味みに言った。

「しかし、あの娘が来て早9年もたつのか……」

 阿久来には、佐由良が初めてやって来たのがつい先日のように思えた。

 彼らの元にやって来た当時、彼女はまだ4歳になったばかりで、1言や2言しかしゃべらない何とも無愛想な子供だった。

 奈木はそんな当初の佐由良の態度が気にさわったらしく、最初から辛く当たるようになった。
 元々彼女の出生が周りから余り良く思われてなかった事もあって、この2人だけでなく、他の族の者も佐由良に対しては冷たかった。

「しかしあの娘が大和に行く事になるとは。まぁそれが本人にとっても良いのかもしれない」

「阿久来、あんたは今まであの娘に対して余り興味が無さそうな感じだったが、実際は気に掛けてたんじゃないのか」

「別に何とも思ってはないさ。ただ彼女が大和に行く事で、本人もやっとこの族から解放される。そして吉備にとっても益になる話だ」

「結局は気に掛けてるんじゃないか。はぁもう良いよ。私は先に寝るよ」

 そう言って彼女は立ち上がり自分の寝床ろへと向かった。

 阿久来は、また酒を口に入れた。今日は満月の夜である。まだ暫くは酒を飲んでいよう。
 彼は一人夜の酒を堪能する事にした。