佐由良と瑞歯別皇子(みずはわけのおうじ)の思いが通じ合ってから、さらに1ヶ月が経った。

 佐由良は相変わらず、釆女として瑞歯別皇子の宮に仕えていた。


「ねぇ、佐由良聞いた例の話し」

 佐由良と同じ釆女の伊久売(いくめ)が、彼女に話し掛けて来た。

「え、例の話し?」

 佐由良には何の事だかさっぱり分からず、首を傾げた。

「先日から新しい釆女の娘がこの宮にやって来たみたい」

「え、新しい釆女が?」

「何でも和珥(わに)筋のお姫様みたいで、名前を御津日売(みつひめ)と言うそうよ」

(なんでそんな人が釆女なんて身分で来たんだろう?)

「和珥の姫様が何でわざわざ釆女としてなんて……」

 佐由良は不思議に思った。

 するとそこに胡吐野(ことの)も話しに入って来た。

「和珥側は本当は妃として送りたかったみたいだけど、それを瑞歯別皇子が拒んだのよ」

「え、瑞歯別皇子が?」

 佐由良は驚いた。

(そっか。皇子は、今は私以外に妃を持つ気が無いんだわ)

 瑞歯別皇子が后を複数人持つのは問題ないが、佐由良としては正直他の妃を迎えるなんて事、皇子にしてもらいたくはない。
 なので、皇子が妃入れを拒んだと知って、佐由良自身は嬉しかった。

「ただ和珥としては納得がいかず、それで結局釆女として宮にやって来る事になったのよ」

「なる程ね。でも胡吐野良くそこまで知っていたわね」

 伊久売は不思議そうにして言った。

「あぁ、稚田彦(わかたひこ)様から偶々聞いたのよ」

「そう言えば、胡吐野と稚田彦様って、親戚筋だったわね」

 伊久売がそう答えた。

「え、胡吐野と稚田彦様が?」

 佐由良にとってはこれは初耳だった。

「そ、その関係で、釆女と皇子側との情報共有にも荷担してるって訳よ。私は」

「へぇーそれは知らなかった」

(そんな事が、裏では行われてるのね)