これは、瑞歯別皇子(みずはわけのおうじ)が佐由良の事をまだ好きになる前の頃の話である。

 秋の収穫祭も無事に終わり、これから冬の準備に取り掛かる頃合いだった。

「今日はちょっと冷えるな。早く部屋に戻るとするか」

 皇子がそう思って歩いていると、何やら女達の声が聞こえて来た。どうも雑談をしているらしく、かなり盛りあがっているようだった。

「あぁ、采女達か」
 
 瑞歯別皇子はそんな彼女達に気付かれないように、彼女達のいる部屋の裏を通って、部屋に帰ろうとした。

 すると会話の中から、何やら気になる話しが聞こえて来た。

「この中じゃ、佐由良が一番可愛いと思うけど、あなたは確か恋はした事が無いのよね?」

 采女の女の1人が彼女に言った。

「えぇ、そうなの。以前仕えていたいた宮で、住吉仲皇子(すみのえのなかつおうじ)にはちょっと憧れはあったけど、でも結局単なる憧れで終わってしまったし……」

(そう言えば、以前そんな話しを聞いてたな。すっかり忘れていたが) 

 瑞歯別皇子は思わず足を止めて、女達の会話を隠れて聞いた。

 嵯多彦(さたひこ)の事件以降、皇子は佐由良の事が少し気になっていた。特に話しをする事はなかったが、彼女を見かけると、ついつい目で追ってしまう。

「ここでは皇子の手が付くか、家臣に譲られるかのどちらかしかないわ」

 すると別の采女の女が、さらに彼女に聞いてきた。

「ねぇ、佐由良?あなたはどんな男性が好みとかあるの?」

「え、好み?」

「そうよ、例えばで」

(うーん、好みねー)  

 佐由良はその場でふと考えみた。今まで誰かを好きになった事が無かった為、その事について余り考えた事はなかった。

 外で聞いていた皇子も、意外な質問が出たので、思わず聞き入った。

「やっぱり優しい人かしら?あとは余り怒鳴ったり怒らない人で……」

 それを聞いた瑞歯別皇子は、思わず胸がグサッとした。

「何か余り特徴的な感じじゃないわね。後半はむしろ嫌いな人って感じだし」

 皇子はもう何も言葉が出てこなかった……

(やはり、もう少し優しく接してやるべきか)

「あとは、何かこう自分の事を必死で守ってくれそうな人が良いかも」

それを聞いた采女の女達は「あぁ、それは良いわね〜」と口々に言ってくれた。