今は夏の終わり頃である。
 それまでずっと暑い日が続いていたが、この暑い夏もあと少しで終わり、季節も秋に変わり始める頃合いだった。

 この辺りは吉備国海部(きびのくにあまべ)が住む辺りで、海部とは水軍の事でもある。そして瀬戸内の海での海産物の貢納や、海上の航海にも携わっていた。

 そして吉備は大和と並ぶ大豪族であり、その中でも海部は吉備国内でもかなりの力を持っている族であった。


「今日の海はとても穏やかね。きっと、早朝に海に出ていった男の人達も大量の魚や貝を採って帰ってくるわ」

 彼女の艶やかな長い髪が、瀬戸内の海からくる潮風に吹かれてそっとなびいていた。

 この吉備国海部の娘佐由良(さゆら)は、日頃慣れ親しんでいる瀬戸内の海をいつものように一人眺めていた。

 歳は13歳だが、他の年頃の娘達と比べると、どこか大人びている。

「もし自分が男で生まれていたら、彼らと一緒になって海に出て行けてたのに」

 彼女は自分が女に生まれたのが嫌ではなかったが、瀬戸内の海で生まれ育った為、やはり海に繰り出す男達への憧れが強かった。

 海に出て行って漁をするのは村の男達で、女と子供は、その男達の帰りを今か今かと待っている。

「佐由良、またこんな所にいたのかい!」

 彼女がふと振り返ると、そこには中年の女が一人立っていた。

 女は頭に手を当てて、少しやれやれといった感じだ。

「もうじき、男の人達が帰ってくる頃合いかと思って海を眺めていたの。こんな穏やかな日はきっと大量よ。それより奈木(なぎ)こそどうかしたの」

「どうかしたのじゃないわ。乙日根(おつひね)様があんたに来てもらいたいそうよ」

「え、お祖父様が」

 佐由良は意外な人物の名前に少し驚いた。
乙日根は彼女の祖父にあたる人物で、この海部の族を治めている者だった。

 とは言え、佐由良が乙日根と会えるのは、年に1、2回程である。

 本来族の長の孫娘なのだが、彼女を一族の娘と認める者は族内でも非常に少なかった。

 彼女の母親は、乙日根が使用人の女に生ませた娘で、佐由良が生まれる1、2年程前に他の部族の名前も知らない男と恋におち、その間にもうけたのが佐由良だった。

 佐由良の母親は彼女の父親が誰かも話さず、佐由良を産んでしばらくして亡くなった。

 また乙日根の使用人だった祖母もだいぶ前に亡くなっている。