一方その頃、2人の皇女は驚きを隠せないでいた。

「ちょっと、これはどういうことよ?糠手姫皇女(ぬかでひめのひめみこ)じゃないじゃない!」

「本当にそうね。どうして間違ってしまったのか、とても信じられないわ……」

 今稚沙(ちさ)は縄で縛られており、そんな彼女の前には2人の女性が立っている。

 ここに連れてこられてから聞いた彼女らの会話で、この2人が皇女だということは分かった。しかもこの2人はあの推坂彦人大兄皇子(おしさかのひこひとのおおえのみこ)の妃である。

(つまりこの2人は、推坂彦人大兄皇子と糠手姫皇女の婚姻を邪魔したかったようだわ)

 とりあえず今回の経緯は彼女も理解することができた。だが自分は糠手姫皇女ではない。であれば彼女らの計画はまだ達成出来ていないことになる。

「お二方、本当に申し訳ありません。この娘が、自分が糠手姫皇女と名乗ったものでしたので……」

 躬市日(みしび)はとんでもない失敗をしてしまい、内心とても冷や冷やしている。

「やはり、直接顔を見ることにして正解だったわ」

 2人のうちの小墾田皇女(おはりだのひめみこ)がそう話した。

「でもお姉さま、これでは失敗だわ、蘇我蝦夷(そがのえみし)にも知られたみたいだし、今回は諦めた方が良さそう」

 もう1人の桜井弓張皇女(さくらいのゆみはりのひめみこ)が、続けてそうつげる。

「確かにそうするしかないわね。じゃあこの娘は殺して、どこかに捨てておいたら良いわ」

 それを聞いた稚沙は一瞬にしてぞーとした。このままだと自分は、彼女らに殺されてしまう。

「じゃあ、私達は戻るから。躬市日あとは頼んだわ。報酬は最初に渡した口止め料だけね」
 
 2人の皇女は躬市日にそういってから、この部屋を後にして出ていった。

 そしてこの部屋には、躬市日と稚沙のみが残されてしまう。

「お前も、自分が糠手姫皇女なんて嘘をつくからこうなるんだ」

躬市日はそういってから鞘から刀を抜き、稚沙の前に立った。

(今度こそ駄目だ。私このまま死んじゃうの……)

 稚沙はそんな彼をみて、ガクガクと体を震わせる。こんな状況では自分を助けに来る人など誰もいない。

(最後にお父様達や、炊屋姫様達に会いたかった。それに椋毘登、もうあなたの顔を見ることも出来ない)

 そして彼が刀を振り下ろそうとした、その瞬間だった。

「躬市日、そこまでだ!」

 躬市日は自身の名前を呼ばれ、思わず後ろを振り向く。

 彼が相手の顔を見ると、そこにいたのは椋毘登と厩戸皇子(うまやどのみこ)だった。

「お、お前は、椋毘登なのか?それに厩戸皇子まで」

 躬市日も意外な2人の登場にとても驚き、思わず目を丸くする。

「やはり今回の事件の犯人は躬市日、お前だったんだな!」

 椋毘登は怒鳴り声を上げて叫んだ。

「今日ここに2人の皇女が来ているという情報を聞いた。それで犯人のめぼしがついたのさ」

 厩戸皇子も不適な笑みを見せて、躬市日にそう答える。

 稚沙もこういう時の厩戸皇子は、かなりの怒りを覚えている時であることを知っている。

(椋毘登だけでなく、厩戸皇子も相当に怒っている……)

 そして椋毘登は、そんな厩戸皇子に何やら小さく耳打ちした。

 厩戸皇子もそれを聞いて、どうやら彼のいったことを理解したようで「よし、分かった」とだけ返事をする。

 そして厩戸皇子は、躬市日の後で腕を縄で縛られて座っている、稚沙に目を向ける。

(2人とも一体どうしたんだろう?)

 稚沙はふと首をかしげる。
 もしかすると、自分を助ける相談でもしていたのだろうか。

 一方の躬市日は、意外な2人の登場でかなり動揺していた。

 そんな彼を見て椋毘登はいった。

「躬市日、まさかお前が生きていたとはな」

 椋毘登はそういって、自身の刀を抜く。

 躬市日も椋毘登の刀の腕前がかなりのものなのは知っていたので、稚沙に向けていた刀を彼に向け直した。普通なら稚沙を人質にとっても良いのだが、椋毘登がそんな小手先の事で倒せる相手ではない。
 それよりも早くここから逃げることの方が重要だと彼は思った。