「良いか椋毘登(くらひと)、ここからが肝心だ。今後お前には度々私と一緒に行動してもらう。その為に小祚(おそ)に頼んで、お前をここまで連れてきたのだから」

 それを聞いた椋毘登は、彼の意図していることを理解しているようで「はい」と小さくいって答えた。

(蘇我馬子(そがのうまこ)は何か理由があって、あの椋毘登とかいう男の子を、ここに連れて来てたの?)

 稚沙はさらに耳を澄まして聞くようにした。 もしかすると、これから凄い話を聞けるかもしれないという期待を込めて。

「叔父上、我が蘇我一族の繁栄のためにも、あなたが築き上げてきたこの権力を絶対に失う訳にはいかない……その為なら、俺は何だってするつもりです」

 蘇我椋毘登は、とても真剣な目で叔父の馬子にそう話す。きっと彼は、自身の一族に対しての思いが相当強いのだろう。

「なのでその為にも……うん?」

 椋毘登は何故か急に話すのをやめた。そして何やら彼の様子が少しおかしい。

「椋毘登、どうかしたのか」

 馬子は急に椋毘登が話をするのをやめたので、少し不思議そうにして彼を見る。

 椋毘登は馬子に見らている中、人の気配でも伺うようにして、別の所に意識を向けている。

 そして次の瞬間である。彼は自身の刀を握り、勢いよく(さや)から抜いた。
 その後彼らの後ろにある柱まで向かうと、その刀を柱の横に突きつけた。

 その柱とは先程から稚沙が隠れている所だ。


「きさま、いったい何者だー!!」

 椋毘登はいきなり、柱の後ろにいる稚沙に向かって怒鳴り声を上げた。

 稚沙は余りに突然のことで、思わず体が固まって動けなくなってしまう。

 そして彼の刀は彼女の首近くにあり、彼がちょっと刀をずらせば、確実に首が切れてしまう状況だ。

(う、うそでしょう……)

 稚沙は余りのことにぶるぶると震え出した。

 それから椋毘登は刀の位置はそのままで、彼女の目の前に回ってきた。そして彼女の顔を見て思わずハッとする。

「お前は今日見かけた」

 その様子に馬子も慌ててやってきて、同じく稚沙を見て酷く驚いた表情をする。

「お前、俺達の話を盗み聞きなどして、一体どういうつもりだ!」

 椋毘登は尚も続けて稚沙に問いただす。

「わ、私はお二人が何やら深刻な話をしているように見えたので、ちょっと気になって……でも別に何か企んでいた訳じゃないです」

 稚沙はぶるぶると震える体を必死で堪えながら、そう彼に話した。

 この蘇我椋毘登という青年は、蘇我馬子の親族である。馬子同様にいざとなれば、自分など簡単に殺せるのかもしれない。

 そう思うと、彼女はもう恐怖でしかなかった。


「ふん、女だからといって容赦はしない。命が惜しければ白状するんだな。一体誰の差し金だ!」

 彼は一向に気を緩めるつもりはないらしく、さらに刀を彼女の首元に近付けてくる。