そして少し間をとってから、椋毘登(くらひと)はやっと口を開いた。

「あのな、何でお前にそんな事をいわれないといけないんだよ」

 彼は何故か少し不満気味にしてそう話す。

(やっぱり、私からこんな話しをされるのが嫌だったんだ……)

「な、何よ椋毘登。人が一生懸命、勇気を出していったのに」

 稚沙はそういって、すっかり沈んでしまった。自分の告白はいったい何だったのだろうかと。

「だから、そうじゃなくて!」

 椋毘登はいきなり稚沙に歩み寄ってきたかと思うと、彼女の肩を両手でつかんで自分の方に目を向けさせる。

「いつ俺が、その気がないっていったんだよ」

「え?」

 椋毘登のその言葉に、稚沙は思わず首を傾げる。今の彼の発言はかなり意味深だ。

「こっちがどれ程の覚悟を決めて、今日ここにきたと思ってるんだ!だいたいお前みたいな奴を、欲しいなんていう男はそうそういない。それならお前のことは、俺が妻にもらってやるよ!」

 椋毘登は勢いに任せて、何とも凄い発言をしてしまう。

 こうなると、今度は稚沙の方が固まってしまう。

 稚沙はとりあえず気持ちを伝えて、恋人同士のような関係になれたら良いなと考えていた。

 だが椋毘登はその恋人さえも飛ばして、いきなり妻にするといってきたのだ。

「え、椋毘登、今いったことは本当なの?」

 彼女的に今は婚姻がどうこうよりも、彼が自分を好いてくれる事に、とても喜びを感じた。

 だが彼女がそう思った瞬間、椋毘登はちょっと意地悪くして続きを話す。

「まぁこの先、お前に誰もいなければ、その時は俺が妻に貰ってやるって話さ」

 椋毘登はそういって、少し愉快そうな表情をする。

「ち、ちょっと待ってよ!椋毘登。そんな約束、いつになるか分からないじゃない!!」

(この人は、やっぱり凄く意地悪だ)

 椋毘登の話の通りだと、彼の妻になれるのは、下手をするとかなり先になるだろう。

「そんなの私待ってられないわ!何でそんな意地悪なこというのよ。もう椋毘登なんか知らな……」

 その瞬間に椋毘登は、稚沙をいきなり抱き締めてきた。
 そして彼は、彼女の耳元で囁くようにしていった。

「いいから、相手は俺にしとけよ」

 そういって彼は、彼女の頬に優しく口付けて、そのまま頭を軽く撫でてくれた。


 するとその時、フワッと涼しい風が2人の側を横切っていく。
 ここ飛鳥の地は、今は夏から秋に変わりだす頃合いだ。

 ふとそんな季節の移り変わりを感じながら、稚沙は椋毘登にいった。

「もう分かったわよ、とりあえずはそれで納得する事にするわ」

(この人のこの性格は、本当にどうしようもない。その分私が要領よくやっていくしか、きっとないんだわ)

 こうして2人は、とりあえずはそれぞれの思いを打ち明けることには成功したが、中々前途多難なままであった。