私がこの教会の助祭になってからはじめての日曜礼拝。
この教会は私が修道院に入る前に暮らしていた区域の人達が集まるところなので、まだ幼かった頃のことを覚えている人が懐かしそうに声を掛けてきた。
会えなくなってだいぶ経っていたのに、私のことを覚えていてくれるのはうれしかった。
そんな人達に紛れて、だいぶ老けてしまったけれども馴染みのある顔の男性が声を掛けてきた。私の父親だ。
父親はにこにこと笑って、私には見覚えのない妹と弟を紹介してきた。私が修道院に入った後に生まれた子達らしく、まだ幼いといっても差し支えのない年頃だ。
でも、父親は私が家を出る直前頃、お母さんに暴力を振るったりなどひどいことをしていた。そのお母さんと仲直りできたのだろうか。
そう思って訊ねると、父親は笑顔のままこう言った。
「ああ、この子達は後妻の子でね」
なにを言っているのかわからなかった。
なにも言葉を返せない私に、父親はさらに言う。お母さんは私が家を出た後、どこかの貴族に買われていったらしい。
それで、父親は後妻を迎えたそうなのだけれども、そんなことはどうでもよかった。
ただお母さんの行方が気がかりだった。
私の内心など知らずに、見知らぬ妹と弟が私を兄さんと呼んで親しげに挨拶をしてくる。
正直言えば、腹立たしかった。
けれどもこの子達にはなんの罪もない。ただ兄だと聞かされている私が助祭としてこの教会に来たことを、純粋に誇りに思っているのだろう。
だから私は、なんとか笑顔を取り繕って妹と弟に返事をする。
私からの祝福が欲しいと妹と弟に言われたけれども、とてもそんなことができる気がしない。だから、私はまだ助祭だという立場を利用して、神父様から祝福をいただくようにとだけ返した。
それから数年、私が教会の神父になり、妹と弟に祝福を与えることに抵抗がなくなった頃、ある貴族から声が掛かった。なんでも、私の説法を聞きたいので館まで来てほしいということだった。
神父になったら、こう言った声がけを貰うことがあるというのは知っていた。だから私は、なんの疑問も持たずに貴族の館へと赴いた。
館に着き応接間に通されると、そこにいたのは館の女主人と、随分と老け込んでしまったけれども、それでも懐かしい顔の女性が座っていた。
その女性は、私のお母さんだった。
女主人はころころと笑いながら言う。
「この人ね、東洋の天女だって聞いてだいぶ前にこの館にお招きしたのよ」
この言葉は半分本当で半分嘘だ。直感的にそう思った。
戸惑う私に、女主人がこう訊ねてくる。
「それで、あなたがこの天女の息子だと聞いたのですけれども、その通りでしょうか」
お母さんの顔をじっと見つめる。私が家にいた頃に顔に張り付いていた畏怖の表情はすっかり消え去って、すっかり穏やかになっていた。
お母さんの瞳が潤む。私は震える声で返す。
「……はい。私はこの人の息子です」
お母さんは無事だったんだ。この女主人がお母さんを迎えたのは、もしかしたらほんの気まぐれなのかもしれない。でも、気まぐれでもいいと思った。
女主人が扇子で扇ぎながら話を続ける。
「それなら、神父様の説法を聞かせていただけるかしら。
できれば、今日だけと言わずにこれから先、何度でも」
「……仰せのままに……」
ああ、お母さんとは永遠の別れではなかったんだ。これからまた時々とはいえ会うことができる。
胸がいっぱいになって、涙が零れた。
それから十数年後、あの女主人からお母さんが亡くなったという知らせが届いた。
この十数年の間に、私は何度もお母さんに会いに行った。けれども、ついに別れの時なのだ。
女主人からの知らせの中には、お母さんの希望で、お母さんの信教に則って葬儀をあげて欲しいという旨があった。
お母さんの信教に則るということは、仏式だ。
神父である私が行ってもいいのだろうか。しかし、この国で私以外に仏式の葬儀の方法を知っている者がいるとは考えがたい。
私はすぐに、馴染みの仕立て屋へと向かった。
馴染みの仕立て屋に急ぎで法衣を仕立ててもらい、それを持って女主人の館へと向かう。
館に着き、用意された部屋で黒い法衣に袖を通し、袈裟を被る。着替えた私の姿を見て館の使用人は驚いた顔をしていたけれども、ただひとり女主人だけは動じるようすを見せなかった。
お母さんの遺体が安置されている部屋に通され、お母さんとふたりきりになる。
用意してもらった香炉で香を焚き、ずっと昔にお母さんから持たされた数珠を握り、お経を上げる。
私はこのお経にどのような祈りを込めればいいのかわからない。ただ自然と口から出てきた。
幼い頃にお母さんから教えられて、図に乗れるほどに身に染みついて、けれども口にすることのできなかった言葉が、淀みなく唇から零れてくる。
きっと、今私がしていることは神様の教えに背くことなのだろう。
それでもかまわない。
たとえ私が罰を受けたとしても、お母さんには救われて欲しかった。
この教会は私が修道院に入る前に暮らしていた区域の人達が集まるところなので、まだ幼かった頃のことを覚えている人が懐かしそうに声を掛けてきた。
会えなくなってだいぶ経っていたのに、私のことを覚えていてくれるのはうれしかった。
そんな人達に紛れて、だいぶ老けてしまったけれども馴染みのある顔の男性が声を掛けてきた。私の父親だ。
父親はにこにこと笑って、私には見覚えのない妹と弟を紹介してきた。私が修道院に入った後に生まれた子達らしく、まだ幼いといっても差し支えのない年頃だ。
でも、父親は私が家を出る直前頃、お母さんに暴力を振るったりなどひどいことをしていた。そのお母さんと仲直りできたのだろうか。
そう思って訊ねると、父親は笑顔のままこう言った。
「ああ、この子達は後妻の子でね」
なにを言っているのかわからなかった。
なにも言葉を返せない私に、父親はさらに言う。お母さんは私が家を出た後、どこかの貴族に買われていったらしい。
それで、父親は後妻を迎えたそうなのだけれども、そんなことはどうでもよかった。
ただお母さんの行方が気がかりだった。
私の内心など知らずに、見知らぬ妹と弟が私を兄さんと呼んで親しげに挨拶をしてくる。
正直言えば、腹立たしかった。
けれどもこの子達にはなんの罪もない。ただ兄だと聞かされている私が助祭としてこの教会に来たことを、純粋に誇りに思っているのだろう。
だから私は、なんとか笑顔を取り繕って妹と弟に返事をする。
私からの祝福が欲しいと妹と弟に言われたけれども、とてもそんなことができる気がしない。だから、私はまだ助祭だという立場を利用して、神父様から祝福をいただくようにとだけ返した。
それから数年、私が教会の神父になり、妹と弟に祝福を与えることに抵抗がなくなった頃、ある貴族から声が掛かった。なんでも、私の説法を聞きたいので館まで来てほしいということだった。
神父になったら、こう言った声がけを貰うことがあるというのは知っていた。だから私は、なんの疑問も持たずに貴族の館へと赴いた。
館に着き応接間に通されると、そこにいたのは館の女主人と、随分と老け込んでしまったけれども、それでも懐かしい顔の女性が座っていた。
その女性は、私のお母さんだった。
女主人はころころと笑いながら言う。
「この人ね、東洋の天女だって聞いてだいぶ前にこの館にお招きしたのよ」
この言葉は半分本当で半分嘘だ。直感的にそう思った。
戸惑う私に、女主人がこう訊ねてくる。
「それで、あなたがこの天女の息子だと聞いたのですけれども、その通りでしょうか」
お母さんの顔をじっと見つめる。私が家にいた頃に顔に張り付いていた畏怖の表情はすっかり消え去って、すっかり穏やかになっていた。
お母さんの瞳が潤む。私は震える声で返す。
「……はい。私はこの人の息子です」
お母さんは無事だったんだ。この女主人がお母さんを迎えたのは、もしかしたらほんの気まぐれなのかもしれない。でも、気まぐれでもいいと思った。
女主人が扇子で扇ぎながら話を続ける。
「それなら、神父様の説法を聞かせていただけるかしら。
できれば、今日だけと言わずにこれから先、何度でも」
「……仰せのままに……」
ああ、お母さんとは永遠の別れではなかったんだ。これからまた時々とはいえ会うことができる。
胸がいっぱいになって、涙が零れた。
それから十数年後、あの女主人からお母さんが亡くなったという知らせが届いた。
この十数年の間に、私は何度もお母さんに会いに行った。けれども、ついに別れの時なのだ。
女主人からの知らせの中には、お母さんの希望で、お母さんの信教に則って葬儀をあげて欲しいという旨があった。
お母さんの信教に則るということは、仏式だ。
神父である私が行ってもいいのだろうか。しかし、この国で私以外に仏式の葬儀の方法を知っている者がいるとは考えがたい。
私はすぐに、馴染みの仕立て屋へと向かった。
馴染みの仕立て屋に急ぎで法衣を仕立ててもらい、それを持って女主人の館へと向かう。
館に着き、用意された部屋で黒い法衣に袖を通し、袈裟を被る。着替えた私の姿を見て館の使用人は驚いた顔をしていたけれども、ただひとり女主人だけは動じるようすを見せなかった。
お母さんの遺体が安置されている部屋に通され、お母さんとふたりきりになる。
用意してもらった香炉で香を焚き、ずっと昔にお母さんから持たされた数珠を握り、お経を上げる。
私はこのお経にどのような祈りを込めればいいのかわからない。ただ自然と口から出てきた。
幼い頃にお母さんから教えられて、図に乗れるほどに身に染みついて、けれども口にすることのできなかった言葉が、淀みなく唇から零れてくる。
きっと、今私がしていることは神様の教えに背くことなのだろう。
それでもかまわない。
たとえ私が罰を受けたとしても、お母さんには救われて欲しかった。