床を通り抜けてみると、「俺」が慣れた手つきでフライパンをふっていた。

「もう、どこに行ってたのよ?」

 俺の気配に気づいた「俺」が振り向いた時、俺は自分の目を疑った。
 確かに俺は目が特別良いという訳ではない。
 だがこれはどんなに視力が悪くても分かる。
 先ほどまでの顔と全く違っていたのだ。

「別の体に入ったなら俺の体今すぐ返せ」

「何言ってるの?」

 ああ、この顔なら女口調も、二丁目の人のイメージで聞けるから吐き気はない……ってそうじゃなくて

「顔全くの別人じゃねえか!やっぱり俺の顔が気持ち悪くてとっとと違う奴の体奪ったんだろ!そうだろこのドロボー!」

「待て待て。よーくこの顔見なさいよ」

「だから違う人……」

 あれ?俺がイライラした時にいじくって遊んでる、唇の下のぷっくり膨れた黒子がある……よく見れば目の形はどっかで見たことあるような……」

「見た事あるようなも何も、これ、あなたのお顔ですから」

 にんまり笑う顔も気持ち悪くなくなった「俺」は、再びコンロに火をつけて、炒めていたご飯の中に納豆を入れた。
 ご飯と納豆を一緒に炒めている状況に頭を抱えたくなりながらも、俺は顔について更に言及する。

「俺が、そんなさわやかイケメンな訳ないだろ!」

「でも、黒子は見覚えあるって顔してたわよ」

 見通されてた!
 確かにそうだ。
 父ですら無い、珍しい位置の黒子。
「何ならもう一つの方も確かめてみる?」と何故かズボンを脱ぎ出しそうな「俺」に「もうわかったから!」と全力で止めて、別の事を聞いた。

「その顔……いったいどうやって……」

「ひげとか眉毛をさっき取った刃で整えて、前髪ばっさり切って、洗面台に置かれてた女性用の洗顔フォームで洗ってマッサージしただけ」

 洗面台にあったという洗顔フォームは、祖母が生前使っていて残ってしまった物だろう。
 それにしても、小さな刃とでここまで顔を変化させられるとは思わなかった。
 やはり、「俺」が女で、こういう手入れってやつに慣れていたからなのだろうか。