「俺」は隅の方でひっそりと佇んでいた、古いドレッサーの前までずかずかと歩いていった。
 三面鏡のそれは、洗面台で見るよりも遥かに鮮明に顔の絶望的なまでの破壊力を見せつけた。

「うわーこれは酷いねー」

 そうだろそうだろ。

「こんな体にいたって不幸なだけだって」

「生きてる以上に幸せな事もないと思うけど」

 そう言うと、「俺」はドレッサーの引き出しを開けて、中からひげ用カミソリより小さめの、使い古された刃を取り出した。

「これは?」

「女性用のカミソリ。使い慣れてる方がやりやすいから」

 何を?と聞く前にさっさと「俺」は寝室を出てしまい、今度こそ1階の洗面台へと向かった。

 俺はもう一度2階へと飛んでいき、先ほどの寝室のドアを通り抜けて入ってみた。
 やっぱり幽霊って壁の通り抜け自由自在なんだな……と感心したいところだったが、この部屋で生まれたいくつかの疑問がそうさせてはくれなかった。
 このドレッサーはいったい誰のものか。
 何故「俺」は、この部屋に鏡があることを知っていたのか。
 そして目的があの小さな刃だったとするなら、何故それがこの引き出しの中にあるという事が分かったのか。
 ドレッサーの椅子には埃がたまっている。
 これは長い間動かされていない証拠に違いない。
 そこまで俺が考えた時、1階の方からじゅーという、何か月も聞くことが無かった美味しそうな音が聞こえてきた。
 この音の出処は知っている。祖母も同じ音を毎日決まった時間に出していたから。