自分がソファに座れて、父が脱ぎ捨てたスーツが腕にかかった感触を感じる。
 先ほどまでは俺は幽霊だったはずだ。
 でも今は物体全てに、自分の意志で動かした手がきちんと触れられる。
 という事は今の俺は幽霊ではなくなってる……。
 そもそも全部夢だったのだろうか?
 その方がしっくりくる。

「おい。壱太」

 キッチンから父が俺を呼ぶ声がした。
 俺も自分の混乱する頭を覚ますために水を飲もうと思い、キッチンへと足を運んだ。
 その時、父は冷蔵庫を開けていくつかタッパーを取り出していた。

「これ、お前が作ったのか?」

 タッパーを開けながら父が目を丸くした。
 俺はそのタッパーの中身は確かに見覚えがあった。
 何故か納豆が入ってるチャーハン。
 「俺」が夢の中で作っていたやつだ。

 父はタッパーの1つをレンジで温め、それを2人分に均等に分けて皿に盛りつけた。
 俺は冷蔵庫からミネラルウォーターとビールを取り出した。
 ダイニングのテーブルに対角に座って、いただきますも言わずにチャーハンを口に運んだ。
 納豆は苦手な方だったが、チャーハンにしたことで粘り気がなくなったのか食べやすく、この時初めて納豆の味は自分の好みなのだと分かる事ができた。
 ふと父を見ると、俺をじっと見ていた。
 目が合ったので顔に熱を感じて目を伏せてしまった俺だったが、父の微笑が聞こえた。

「こうして二人で食べるの……初めてだな」

 そう。それが言いたかったんだよ。
 有難う父さん。

「そうだな……」

 ……会話が続かない。
 そもそも人とご飯を食べるなんて祖母が居た時もしなかったから……小学校の給食の時間以来か?
 そんなに遠い昔ではないはずなのに、どんな風に人と一緒に食べれば良いのか分からなくなってる事を気にしている自分に、戸惑った。