年を明けた冬の日。
クラスはとても明るい雰囲気で、毎日楽しいなと思える日々を過ごしている。それは、担任の先生だけでなく、皆で作り上げたものじゃないかと思っている。
できることなら、このままずっと過ごしていたいんだ。
年度替わりしても、同じクラスがいいんだ。
私が下校しながら歩いていると、視線の先に彼がいるのに気付いた。でも、ひとりで帰宅するのはなんだか珍しい光景だし、なんだか寂しそうな雰囲気がした。
それは、中学生の頃から一緒だった私だからこそ気づくことができるポイントだ。
「よう、どうしたの」
「それがさ......」
ふたりして駅に向かって歩いている。一緒に下校するなんて何か月ぶりだろうか。
彼の話を聞いてみると、ちょっと口喧嘩をしたのだという。
中学校のような暗い雰囲気みたいではないらしく、私も胸をなでおろした。
でも、君は何も言わず、首を横に振った。
......あれ? この彼の表情、この雰囲気はどこかで感じたことがあった。
それは、あの日の出来事。私たちの接点になった時の。
彼が理由を明かしてくれた。
「あいつが嘘をついたんだ、それが嫌だったんだ」
そうなんだ。
でも、人は誰だって嘘をつくものだと思う。私だって母親に言えない小さな嘘を持っている。
私はそう言おうと思ったけれど、彼の重たいため息に口にするのをためらった。
......私たちはお互いに言葉を失った。
「よしよし、明日には仲直りできますように」
私は微笑みながら告げる言葉を見つけていた。
割と差し当たりのない言葉だ。誰にも使えるいずれ効いてくる万能の薬のような。
しばらくすれば気分も落ち着くだろう、こんな気持ちを込めて。
だって、彼にやさしく接するのは私の立場なんだから......。
しかしながら、私の差し出したパスはその辺に力なく落ちてしまった。彼はその細い目つきをさらに細めて、私のことをにらんできたんだ。
彼の台詞に私は少しの恐怖を覚えた。
「そんなシンプルな言葉で丸めこもうと思うなよ。
中学の担任と一緒じゃないか」
......奈緒なら、分かってくれると思ったのに。
彼はそう言い放って、ひとりで歩いて行ってしまう。
私は言葉が見つけられないまま、思わず君の肩先に腕を伸ばした。でも、それは何にも触れることができずに空を切った。
風は吹いていないのに、不思議と冷たい空気が立ち尽くした私の頬に触れていた。
・・・
それから一週間ほど経った日、私は図書室にいた。
課題で借りていた本を返すだけなのだが、ふとそのまま帰ってしまうのは惜しいと書架を眺めることにしたんだ。
気になる本を取り、パラパラとめくっては、元に戻していく。
ふと手を伸ばしたところは、心理学のコーナーだった。読むかどうか少しためらってしまったけれど、目の前にある一冊を手に取ってみた。
図説が多い構成で、なかなか読みやすいという印象の本だ。
そして、私の瞳はある一文に吸い込まれていった。
<社会心理学における 嘘 の研究>
大学の教授によるレポートが掲載されていたのだ。
私はつい夢中になり、その場に立ったまま全文を読みだした。
......そして、ある可能性に思い当ったんだ。
彼は、他人の嘘が分かるんだ。相手の考えていることも重みのないただの台詞も。
他人と距離を置きたがるものの、ふとした出来事から意地を張って喧嘩に発展してしまうんだ。
涙もため息のひとつも出てこなかった。慕情はなぜに残酷なのだろうか。
そんな能力なんて、持っていなければ良かったのに。
それでも君はさまざまなことを吸収して、変わろうとしていたのに。
私はいつもの調子のまま、ただ接していただけなんだ。
なにも考えることが出来なくて、ごめんなさい。
もう、心の中で謝るしかできなかった。
クラスはとても明るい雰囲気で、毎日楽しいなと思える日々を過ごしている。それは、担任の先生だけでなく、皆で作り上げたものじゃないかと思っている。
できることなら、このままずっと過ごしていたいんだ。
年度替わりしても、同じクラスがいいんだ。
私が下校しながら歩いていると、視線の先に彼がいるのに気付いた。でも、ひとりで帰宅するのはなんだか珍しい光景だし、なんだか寂しそうな雰囲気がした。
それは、中学生の頃から一緒だった私だからこそ気づくことができるポイントだ。
「よう、どうしたの」
「それがさ......」
ふたりして駅に向かって歩いている。一緒に下校するなんて何か月ぶりだろうか。
彼の話を聞いてみると、ちょっと口喧嘩をしたのだという。
中学校のような暗い雰囲気みたいではないらしく、私も胸をなでおろした。
でも、君は何も言わず、首を横に振った。
......あれ? この彼の表情、この雰囲気はどこかで感じたことがあった。
それは、あの日の出来事。私たちの接点になった時の。
彼が理由を明かしてくれた。
「あいつが嘘をついたんだ、それが嫌だったんだ」
そうなんだ。
でも、人は誰だって嘘をつくものだと思う。私だって母親に言えない小さな嘘を持っている。
私はそう言おうと思ったけれど、彼の重たいため息に口にするのをためらった。
......私たちはお互いに言葉を失った。
「よしよし、明日には仲直りできますように」
私は微笑みながら告げる言葉を見つけていた。
割と差し当たりのない言葉だ。誰にも使えるいずれ効いてくる万能の薬のような。
しばらくすれば気分も落ち着くだろう、こんな気持ちを込めて。
だって、彼にやさしく接するのは私の立場なんだから......。
しかしながら、私の差し出したパスはその辺に力なく落ちてしまった。彼はその細い目つきをさらに細めて、私のことをにらんできたんだ。
彼の台詞に私は少しの恐怖を覚えた。
「そんなシンプルな言葉で丸めこもうと思うなよ。
中学の担任と一緒じゃないか」
......奈緒なら、分かってくれると思ったのに。
彼はそう言い放って、ひとりで歩いて行ってしまう。
私は言葉が見つけられないまま、思わず君の肩先に腕を伸ばした。でも、それは何にも触れることができずに空を切った。
風は吹いていないのに、不思議と冷たい空気が立ち尽くした私の頬に触れていた。
・・・
それから一週間ほど経った日、私は図書室にいた。
課題で借りていた本を返すだけなのだが、ふとそのまま帰ってしまうのは惜しいと書架を眺めることにしたんだ。
気になる本を取り、パラパラとめくっては、元に戻していく。
ふと手を伸ばしたところは、心理学のコーナーだった。読むかどうか少しためらってしまったけれど、目の前にある一冊を手に取ってみた。
図説が多い構成で、なかなか読みやすいという印象の本だ。
そして、私の瞳はある一文に吸い込まれていった。
<社会心理学における 嘘 の研究>
大学の教授によるレポートが掲載されていたのだ。
私はつい夢中になり、その場に立ったまま全文を読みだした。
......そして、ある可能性に思い当ったんだ。
彼は、他人の嘘が分かるんだ。相手の考えていることも重みのないただの台詞も。
他人と距離を置きたがるものの、ふとした出来事から意地を張って喧嘩に発展してしまうんだ。
涙もため息のひとつも出てこなかった。慕情はなぜに残酷なのだろうか。
そんな能力なんて、持っていなければ良かったのに。
それでも君はさまざまなことを吸収して、変わろうとしていたのに。
私はいつもの調子のまま、ただ接していただけなんだ。
なにも考えることが出来なくて、ごめんなさい。
もう、心の中で謝るしかできなかった。