それでも天宮の家には昔から娘が二人いることが求められており、新菜はかろうじて天雨家に居住させてもらっていた。ただ、新菜は巫の血を引くと言っても、新菜に言霊の力が使えるのかは定かではなかったし、実際に今まで使ったことはない。

更に、泰三は鈴花を溺愛していた為、巫の母親から生まれた新菜ではなく、自分が全てを教え込んだ鈴花を御前舞に上げている。父親がやることに新菜が口を出すことは出来ず、新菜は母親の血を引いているが、その力の確認のしようがないのが現状だった。しかし、親としての最低限の義務であると思っているのか、家で養ってくれてはいる。

妻と娘のやり取りが終わると、泰三は改めて口を開く。

「二人とも、よく聞きなさい。この三年、天雨神さまからの天啓が賜れないだけでなく、梅雨の少雨、夏の日照りと鉄砲水、秋の嵐の被害の甚大さを鑑みて思うのだが、我ら地の民は供物に人柱、灌漑に堰堤工事と、人として出来うる限りのことはして来た。しかしこれ以上は、天からの施しがなければいずれ人が死ぬことを考えると、もはや天宮家に名を連ねる天雨家としては、巫女娘の身を投じてでも、天神さまのお怒りを鎮めなければならん」

「お父さま!」

父の言葉に悲鳴を上げる鈴花を、市子が庇う。

「あなた。鈴花は未来ある巫女娘。堤の神さま井戸の神さまをはじめとした多くの末の神さまのお声も漏れなく拝聴出来ているところです。天雨神さまからのお声を賜れない今、末の神さまたちのご援助あっての人々の平穏。鈴花を欠くわけにはまいりません」

義母の言葉に父親も深く頷く。

「鈴花を失うわけにはいかん。可愛い娘であると同時に、末の神さまとの聴許もはかばかしく、今の地の民が潤っていられるのも、全て鈴花の所業。鈴花にはこれからも頑張ってもらわねばならん」

「お父さま!」

鈴花はぴょんと飛び上がって嬉しそうに泰三の首に抱き付いた。泰三はそれを笑って受け止め、冷ややかな目で新菜を見ると、こう言った。

「昔から我々天神さまに仕える天宮家では、神さまのお声が聞けなくなった時の為に二人の娘を用意した。一人は宮巫女として。もう一人は、万が一神様のお声を賜れなくなった時の為に、恩恵を受けるための贄として」

新菜を射すくめる鋭い視線が、新菜を恐怖に突き落とす。

「新菜。お前は巫であるあれの血を引きながら、神々のお声を聞くどころか、なにをさせても一人前に出来ない出来損ないだ。せめてその身に継いだ巫の血を天雨神さまに捧げて、今までお前が巫女として何も出来なかった分、これからの地の民の為に出来ることをやりなさい」

つまり泰三は新菜に、民の為に贄になれ、と言っているのだ。

目の前が真っ暗になる。

今まで何も出来なかったわけではない。夜な夜な、巫女舞も祝詞や唄の練習もした。しかし父が新菜に御前舞をさせなかったのだ。