この娘の言葉には、力がある。

その時ミツハは漸く新菜の力に思い至った。しかし、巫の血を引かない鈴花との契約を無理に行っていた為に、より一層、体に力が入らなくなっていった。そこへ今の新菜のうたの力が流れ込んできた。ミツハは体を震わせた。

『どなたでしょうか?』

声にそこを見ると、真っ黒で大きな目で新菜がミツハを見つめていた。姿を現していないのに、と思ったが、この娘は視る力があるのだと直ぐに理解した。それより自分の体の反応に驚いた。

「寂しかったから、唄を聞かせてもらったよ。いい唄だった。ありがとう」

そう礼を言った時に、己の体に流れ込んでくる力の大きさに耐え切れず、思わず膝をついたのだ。

『大丈夫ですか? どこか痛むのですか?』

新菜はそう言って手を差し伸べた。その荒れた手がミツハに触れた時、やはりそこにある強い力に、めまいを感じざるを得なかった。流れ込んであふれ出した力はその場にさぁとにわか雨を呼び、山の木々の葉を濡らした。祠の上には木々が生い茂っていた為濡れなかったが、湖の上にはぽっかりと空が見えており、鮮やかな虹がそこに浮かんだ。

いっときの雨を降らせることが出来る力を得て、ミツハは確信した。

(この子の力があれば、生き永らえられる……。そうすれば、使命も果たせる。地の民を見捨てなくて済む。この子の力を何としてでも……!)

あとは無我夢中だった。その場で自分に出来ることをした。

名は人ならざるものにとって、存在そのものを現すと言っても良い。神というあやふやなものがこの世に在れるのは、名があるからだ。名を呼ぶことで実体がなくてもそこに在れる。だから地の民から忘れられそうになって、存在自体があやふやになりかけていたあの時、彼女の力を使った名前に差し替えることを思いついたのだ。我ながら無鉄砲な真似だったと思う。しかし結果として、新菜の思いがけない巫の力によってミツハは新たな名に力を取り戻し、今に至る。

ただ、その時は思い至らなかった。心に染みる、などという感情を持った自分が、その後彼女にどんな想いを抱くかを。彼女と別れて宮奥に戻っても、雲間から下界での彼女の様子の見守り、その痛々しい暮らしぶりに胸が張り裂けそうな思いだった。何故あの時そのまま別れずに宮奥に連れ帰らなかったのかと、激しく後悔した。雲間から見守っているだけでそんなに心を動かされていたのに、実際宮奥に彼女を迎え入れて、ますます想いが彼女に傾いた。結果として、彼女が涙するときに荒れ狂う感情を住まわせる身になったのだ。自業自得と言っていい。

しかし、その感情の返答を貰う立場ではなかった。最初に利用したのはミツハだ。その負い目があるから、その分新菜には幸せに過ごしてもらいたいし、そう尽くさせてもらおうと思っている。それでなくとも人の世界を離れてしまっているのだ。母親の墓も下界にあるし、母親の墓と離れて暮らすのは、母親想いの新菜にとっては辛いことだろう。出来る限りの償いをさせてもらうつもりだった。

「……だから、今少し、夢を見させてくれないか、チコ。新菜が涙を零さねばならない時に、私は手を差し伸べてやれる場所に居たいのだ……」

「ミツハさま……」

チコは辛そうにミツハを見ていた……。