するりと額に載っていたものが落ちた。その感覚で目を覚ますと、横になっている新菜の隣で、ミツハが腕を自身の枕にして横になっていた。額から滑り落ちたのはミツハの手だった。ひんやりと気持ちいい手が落ちてしまっていて、残念だと思うのと同時に、ミツハも疲れていたのだと思い至った。
新菜が昨日祓ったあの娘の恨みは、随分とミツハを苦しめていたらしい。神さまであるミツハが転寝をしてしまう程に体力がそがれ、今、体が軽くなって安らかに眠れているのなら、暫くの間そのまま寝かせておいてやりたい。新菜は布団に掛かっていた上掛けをミツハの肩に被せると、再び横になって、じっとミツハの顔を見た。
……こうやって見ると、やはり疲労の色が濃い。明治政府の改革によって天への信心が薄れ、食事もままならない状態だ。それなのに新菜たちの食事を欠かそうとしないから、このままではミツハがやせ衰えてしまう。神……、それも天神が一柱居なくなったら、この世はどうなってしまうのだろうか。いくら文明が発達しても、雨の恵みなしでは人は生きていけない。
ミツハが、居なくなる?
考えた思考は、思ったより深く新菜に刺さった。このやさしい神さまがもし万が一、居なくなってしまったら、地の民は勿論だが、チコや鯉黒はどう思うのだろう。
……そして、自分も。
既に拠り所となってしまったミツハと言う支柱を失ってしまったら、新菜はまた、未来のない生活に身を置かなくてはならなくなるのだろうか。
(怖い)
一度得たものを失うということは、人間を絶望させるものらしい。やさしくしてもらった記憶は新菜の心に根付き、つぼみを膨らませている。
(ミツハさまを、真にお救いしなければ……)
それは新菜がミツハに会って最初に決めたことだったが、より自分に向けて、そう思う。その時ハッと気が付いた。これでは自分の為に、ミツハが居て欲しいと思うようではないか。
(いけない……。こんな考えで巫女なんて出来ないわ……)
宮巫女は神と地の民を繋ぐ役割を担う。その『繋ぎ』であって、神や地の民に私情で何かを求めて良い立場ではない。
(しっかりなさい、新菜。ミツハさまに助けて頂いた、最初の気持ちを忘れては駄目。欲なんて、持ってはいけないのよ)
神と巫女の理を覆してはいけない。決意を新たにしていた時、ミツハがふぅ、と目を開けた。その奥深い蒼の瞳と目が合って、卑しい内心を見透かされたかと思った。