ミツハの言葉に新菜は聴覚を疑った。しかしミツハは至極真面目な顔をしているし、薬湯を離そうともしない。

「ミ、ミツハさま。私、子供じゃありませんが……」

「分かっている。私が君の為に何かしたくてたまらないんだ」

ミツハの行動に焦った新菜だったが、その言葉で、新菜を介抱するという行動をとりつつ、これは自分に甘えているのだと分かった。子供の頃、母の為に水桶の水に浸した手拭いを絞った記憶……、母のためにという名目で、伏せがちになってしまった母の傍を離れたくなかった新菜そのものだった。よくよく見れば少し落ち込んだ様子にも見える。良く懐いた犬が主を心配して耳を垂れているような様子に、新菜はピンと張っていた糸が緩むような気がした。

(心配させてしまったのかしら……。そう言えば、ここに来てからお傍を離れたのは初めてだったわ……)

「で、では、少しだけ……」

新菜がそう言うと、ミツハは満面の笑みで、うむ、と頷いた。うなじを支えられて、ミツハの持つ湯飲み茶碗に新菜もそっと手を添えると薬湯を口に含む。苦みのある液体が喉を下り、全てを飲み込んでしまうと、ミツハはじっと新菜を見た。

「大丈夫です。少し苦かったですが、飲めない程ではなかったです」

「そうか、良かった。さあ、横になりなさい。私が付いているからね」

まさか、この程度の熱で、看病が必要だと思われている? 新菜は遠慮して、大丈夫ですよ、と微笑んだ。

「お薬もいただきましたし、私、じっとしているので」

「しかし、君の体が万全でないのは、私の責任なんだ。このくらいさせてくれ」

そう言ってミツハは新菜の体に手を添えると、そっと布団に寝かせた。じっと見守ってくる奥深い蒼の瞳が心配そうに揺れているのを見て、これは早く熱を下げなければ、と真剣に思う。掛け布団を顎まで引き上げると、ミツハが満足そうに、いい子だ、と言って額を撫でてくれた。そのひんやりした温度に、ああ、本当に熱があるんだなあ、と実感する。

「……ミツハさまの手は、気持ちがいいですね。天雨神さまだからでしょうか」

「気持ち良ければ、君が眠るまで撫でてやる。ゆっくり休むと良い」

低くて穏やかな声が心地いい。新菜はとろりとその意識を熱に手放した。




暗闇の中に、新菜はいた。ひやりと肌に触れる温度を頼りに目を開ければ、そこには大好きな母がいた。流行りのランプもない粗末な部屋で、寝込んだ新菜を看病してくれているのだと分かった。

『おかあ、さま……』

『新菜、起きたの? まだ眠っていなさい、熱があるのだから』

白く微笑む母は、しかし消えてしまいそうに儚い。額に触れていた手が離れるのが嫌で、新菜はのろのろと小さな手で離れて行こうとする母の手を握った。

『おかあさま、どこにも行かないで……』

『何処にもいきませんよ。ちゃんと、新菜の傍にいます』

やわらかく微笑む母に、嘘だ、と新菜は思う。この頃既に病勝ちだった母は、新菜の看病がたたって、そのまま帰らぬ人となった。本能的に居なくなる母を寂しがって、小さな新菜は母に無理をさせてしまった。あの時無理をさせなければ、もう少し、あるいはずっと、一緒に居られたかもしれないのに。

『おかあさま、おねがい。いなくならないで』

寂しさが胸の底から込み上げる。泣いてしまいそうだった。

「おかあ、さま……」

ぽろり、と、涙が頬を伝った。