ナキサワの言葉にどきりと嫌な動悸が鳴る。

今まで鈴花と比べられて何一ついいことはなかった。ここでミツハにあいまいな返事をされたら、新菜は宮で生きていく勇気が持てなくなる。その動揺を知ったかのようにミツハが新菜の手を取り、きっぱりとこう言った。

「私は新菜の心根を好いている。私の前で清く唄うことが出来たのは新菜だった」

唄う……。湖の傍で唄った、あの巫女舞のことだろうか。祠の神さまを慰めようとして舞った唄は、家族の目を盗んで練習していたものだ。それがミツハの心に残ったと知れて嬉しい。

(うれしい……?)

新菜は自分の心に沸いた気持ちを復唱した。そう、確かに自分はミツハの言葉を嬉しいと感じたのだ。貶され続け、なにも出来ない日々。宮に来ても鯉黒には門前払いを受けたし、そういう人生なのだと思っていた。でも。

(『わたし』を見てくれた)

私の、唄を。

亡き母の跡を継いで巫女になりたかったという、忘れかけていた夢が戻ってくる。鈴花が継いで、ついえた夢が。

ああ、私は、巫女になりたかった。お母さまのような、立派な巫女に。

ぽろりと。

涙がこぼれた。

涙は首元から飛び出ていた首飾りの球に当たり、弾けて落ちる。

新菜が泣いたのを見たミツハが驚いたように言葉を発した。

「どうした、新菜。どこか痛いのか。それともこの二人が要らんことを言ったか」

気遣って背を撫ぜる手がやさしい。

やさしさが、こんなに近くにあったことが、今まであっただろうか。新菜は声を震わせながら応える。

「いいえ、いいえ、ミツハさま……。痛くも辛くもないのです。ただ、……嬉しくて……」

嬉しくて、と言って、またほろほろと泣いてしまった新菜を、ミツハが慰めるように抱き締める。ほろほろと止まらない涙に、ミツハはチコを呼んだ。

「チコ。しばし新菜を頼む。落ち着いたところで過ごさせてやってくれ」

感動と喜びでいっぱいになっていた新菜を、ミツハはチコに任せた。チコに誘(いざな)われて、宛がわれた自分の部屋に戻る。チコはあたたかい茶を持って来てくれた。

「お飲みください。落ち着くと思います」

促されて茶を飲む。あたたかい液体がするりと喉をとおり、胃をあたためた。茶のあたたかさの吐息を、ほうとつく。

「落ち着かれましたか」

「はい、少し……。すみません、こんなことで泣いてしまって……」

申し訳なさに押しつぶされそうになる新菜に、チコは言葉をくれた。

「新菜さま、高ぶる感情は外に出してしまった方が良いのです。お気に病まれないでください」

そしてさらに続ける。

「新菜さま。ミツハさまを信じていてください。ミツハさまは十余年の間、お寂しくお過ごしだったのです」

「十余年?」

おうむ返しに尋ねると、チコは頷いた。

「はい。詳しくはいずれミツハさまからお話しになられると思いますが、以前のミツハさまは満たされておいででした。ですから、この十余年は、一層お寂しくお過ごしだったのです」

十余年……。新菜の生きてきた人生も十余年と言えば十余年だ。鈴花が巫女になったのも十余年前からで、それはつまり、新菜が母親の跡を継げなくて辛い思いをしていた時間とも重なった。でも。

「ミツハさまが話してくださることなら、私、待ちます」

ミツハを信じてくれと言ったチコにも、なによりミツハに、新菜は信頼の感情を覚えていたからそう思える。

ミツハを、信じよう。