そう思って、少し考える。

昔から家族にも隠して持っていたこの首飾りは、一体いつから持っていたのだろう? 母親が亡くなった時に遺品として譲り受けたのだと思って信じてきたが、母の立派な着物も帯も櫛も勿論きれいな斎服に至るまで、全て新菜が反抗できないうちに義母が燃やしてしまった。新菜のことを先妻の娘として憎んでいたあの市子が、こんなに小さいからといって、新菜が装身具を身に着けているところを見過ごすだろうか……。

仮に。……仮に、この首飾りが本当に彼から贈られたものだとして、一体いつ、贈られたのだろうか? 彼とは初対面の筈なのに。

新菜は、まず青年との距離を取って、それから深呼吸をして、彼に聞きたいことを質問することにした。

「あの……。……大変失礼かと存じますが、宜しければお名前を教えて頂けませんでしょうか……? 私は貴方と初対面だと思っているのですが、お名前を聞いたら、もしかしたらなにか思い出すかもしれません」

新菜がそう質問すると、青年は殊更大袈裟に嘆いた。

「何という事だ。さっき君は私を呼んだと思ったのに、改めて名を聞かれるなんて、思ってもみないではないか」

……呼んだ? 新菜が?

「わ、私が貴方を呼んだのですか?」

「そうだとも。君は私の名を呼び、そして湖に身を投げた。だから私は湖から躍り出てきたんだ」

名を、呼び? 身を投げた……?

先程の自らの行動を振り返る。地の民の為に贄となる為、最後に天雨神に願いを唱じてから湖に……。

天雨神に…………。

(……、…………えっ?)

湖から躍り出て…………。

(……えっ?)

もしかしてもしかして。いや、もしかしちゃいけないんだけど、でももしかして。

「……あ……」

新菜が呟くと青年はにこやかな顔で同じように、あ? と復唱した。

「も……、……もしかして、あ……、あま……、……う、……かみ、さま、……でいらっしゃいます……、か……?」

恐る恐る。

まさかそんなわけ、と思いつつも、自分の口が発した言葉は間違えない。湖に飛び込む前に、新菜は確かに天雨神に平穏な雨を願ったのだ。

勇気を振り絞って青年に問うと、青年は穏やかに嬉しそうに、いとおしそうに新菜を見つめた。

「思い出してくれたか、我が巫女姫。そうだ。今は名が違うが、私は地の民には天雨神という俗称で呼ばれている。では、君が与えてくれた名前のこともその首飾りのことも思い出してくれたね?」

天雨神は新菜の言葉を彼と出会った時のことを思い出したのだと勘違いしている。違うのだ。新菜は自分の言葉を思い返して彼の名を探り当てただけで、彼との初対面の時のことは思い出してない。口に薄い笑みを湛えて言葉を重ねる天雨神に申し訳なく思いながら、しかし訂正はしなければならなかった。

「天雨神さま、申し訳ございません。お名前を思い出したわけでも、ましてやお会いした時のことを思い出したわけでもないのです……。天雨神さまが下さった手がかりを元に、私の行動を振り返って分かっただけなのです。本当に申し訳ございません」

神の名前とは、巫女が神の声を賜る時に呼びかけるために使う名前だ。鈴花はその名を呼びかけて、神さまのお声を拝聴している。そんな名を、舞宮に上がっていない新菜が知るわけがなかった。