「ねぇ、あのカフェ店員と最近付き合ってんの?」

哲学の授業を、広い教室の一番後ろで聞きながら、両瞼を腫らした美咲が、小声で私に聞いた。

「うん、この大学の四回生だって」

「でも友達から聞いたけど、、そのイケメンちょっと変わってるらしいよ?何?変な趣味とかあんの?」

私は、黒板に書かれたニーチェの『忘却は、よりよき前進を生む』という言葉についての仮説と解説をノートに書き留めながら、英太の事を考えた。

「変わってる……?」

カフェで出会ってから、水族館、ドライブ、とデートを重ねて3回目のデートで、泣けるラブストーリーの映画を観た後、イタリアンレストランで食事をした。その帰りに英太から告白された。

「すごく優しいし、特に気になることはないけど?」

「ふぅん、単なる、やっかみからの噂かな」

美咲が、切れたシャーペンの芯をカチカチとだしながら、面倒臭そうにニーチェの解説を雑な筆跡で写していく。

「ね、もう彼と、した?性癖やばいとか?」

唇を持ち上げて愉快そうに、美咲が私を覗き込んだ。

「それが……すごく優しくて涙出ちゃった」

「……あっそ、ほんとやること早すぎ。尻軽じゃん」

美咲が、語尾を強めて、吐き捨てた。

「ごめんね、また、美咲を不愉快に、させちゃって」

私は告白されたその帰り道、英太の一人暮らしのマンションに泊まり、彼に抱かれた。

英太は、何度も私の耳元で甘く囁きながら、それでいて、今まで交際した誰よりも丁寧で優しいセックスだった。

思わず、涙が溢れた私をみて、英太がひどく驚いたのが印象的だった。


「美咲、目大丈夫?」

美咲は、先週はずっと、大学を休んでいた。

「前からやりたかったんだよね、二重埋没手術」

急にご機嫌になった美咲に、私は心から安堵した。

「あと10日もしたら、綺麗な二重瞼が一生モノなんだ」

「素敵だね」

久しぶりに、美咲と目を合わして笑った。