「ひぃ」

尻もちをついてしまった。
すっかり腰が抜けてしまった私に、黒い影がゆっくりと近付いてくる。
喰われる――恐怖と諦めの念に襲われた。

ああやっぱり、私ごとき人間が身の程をわきまえないのがいけなかったんだわ。

でも……。

透冴様を忘れることなんて、できやしなかった。

『どうぞお元気で! 水神様』

お別れをした、二年前のあの日。

『……『水神様』ではない』

涙を堪えてお別れを言った私を、透冴様は真っ直ぐに見つめた。

まるで、「行くな」とでも言うように。

『私にもちゃんとした名がある。透冴。それが、私の名だ』

そうして、別れの悲しみに軋む胸に、美しい名を刻み付けてくださった。