無我夢中で押し掛けて、妻になりたいと望んだけれど。
それは本当は、とんでもなく無礼な前代未聞の行為だったのかもしれない。

透冴様はお優しいから免じてくださって、最後には私を妻に迎えてくださったけれど。
そもそも透冴様は、恋する気持ちというものをご存じない。

人間嫌いの透冴様が、唯一受け入れられる人間が私だった。
透冴様は本当は、私のことは単なる心許せる人間としか思っていないのに、それを私が自分の都合よく「恋する気持ちなのだ」と思わせているだけだとしたら……。

はっとして、すっかり手が止まっていたことに気付いた。
お酒の追加を頼まれていたのに。

すぐに用意してお二人が飲んでいらっしゃるお座敷に近付いたところで、声が聞こえてきた。

「兄者はそもそも、あの娘のことをどう思っているんだ!?」

苛立ちを滲ませた弟君様の声に、思わず足が止まる。

「そうだなぁ」

透冴様の穏やかな声が聞こえて、私は息を止めて聞き入った。