その場にいた人々、大臣やこの国の兵隊や、彼らよりもずっとたくさんいる皇帝の国の兵たちが、驚き不安な気持ちで姫君を見ました。そして、皇帝を見ました。皇帝の国の兵隊も、可憐で不幸な姫君に同情していたのです。皇帝は、人に何かを言い聞かせられたりするのが大嫌いでした。
 けれども皇帝は怒っておらず、少しおもしろがった様子で聞き返しました。
「わたしに命令するのか」
「命令ではありません。私の願いです。この国の行く末をあなたに託す者として」
 皇帝に言わせれば、それは願いですらありません。ただの祈りでした。
 国を治めるのは、戦争に負けてしまった王様から、皇帝へとかわります。負けてしまった国の王族は、本当ならば殺されてしまうか、死ぬまで閉じ込められてしまうかどちらかです。さらに、もうひとつの方法もあるのですが、今はその方法は必要ないように思われました。
 もし勝った側が負けた国と人々を哀れむほどの余裕があれば良いのですが、そうでない場合人々は奴隷にされ、国の物は奪われてしまっても、おかしくはないのです。だから姫君の言葉は、本当ならば何の力も持ちません。姫君の言うことを聞いてあげる必要は、皇帝には少しもないのです。
 姫君の言葉は、心の中でひっそりと、こうであればいいと思う祈りと少しも変わりませんでした。
 そしてこの強い皇帝に言うことを聞かせることの出来る人は、誰もいません。
「わたしが、国の人間を苦しめているかいないか、あなたにどうしてわかる」
 姫君は目が見えません。国の状況を姫君の前から隠すのは簡単なことに思えました。
「わたくしには耳があります」
 もっともなように思える皇帝の言葉に、姫君は毅然として答えました。姿を見ることのできない強大な相手に対して、少しも怯えることなく。
「そして心が。この口は、わたくしが感じたことを歌にして、あなたに示すでしょう」
 人々の喜びを感じれば、喜びを歌う。悲しみならば、悲しみが音色となって唇から奏でられるのです。憎しみならば、鋭い声音で憎しみさえも。それは今まで姫君がとても幸せに過ごしていたから誰も知らなかっただけのことでした。
 皇帝が国の人々を虐げれば、それは姫の心に届き、姫は決して明るい歌声を聞かせることはないでしょう。