彼は鳩司の戻るまで私の話し相手になってくれた。私の落ち着かないのを見て、気を紛らしてくれたのだろう。
私は一つ訊かれて十も答えるような具合で怒涛の如く父について語った。父が如何に優しい人か、父が如何に勇敢な武士か、私がそれをどれほど誇りに思っているか。
部屋の外にまで聞こえていたのだろう、鳩司は「誇り高き武士の子よ」と入ってきた。
「怪我はないようだね」という帖に、彼は「当然だ」と得意げにいった。
「それで、一助さまはなんと?」と、私がいうより先に帖がいった。彼もいい加減喋りたくなったのだろう。
「寒菊さまは今、幽閉されているそうだ」
私はたまらず舌を打った。「落ち着いて」と鳩司がこの世の真理に触れた老爺のようにいった。
そういえば、彼も若いように見えるが、実際には私よりもかなり長い歳月をこの世で過ごしているのだ。
幽閉といったって、どこに?」と帖。私は先人二人の会話を傍聴することにした。
「藍一郎さまの部屋だそうな」
「では、藍一郎さまはどこに」
「久菊さまの部屋でも使っているのだろう。あるいは、兄弟なのだし菊臣さまの部屋か」
「しかし、一室に閉じ込めるといっても、襖だろう。それでは寒菊さまの自由を奪うことはできないだろうに」
「俺たちはなんだ」
「なんだい、突然」
「あやかしだろう」
「なにがいいたい」といってから、帖は「ああ」と頷いた。
「藍か……紅蘭紫菊といったか、その仕業か」
「藍さんだ。藍一郎さまの命で——とも限らないか、とにかく、部屋を入って正面、藍さんの妖力で作られた木枠と、部屋の壁との間に閉じ込められているらしい。簡易的な座敷牢だな」
「咎人でもあるまい」と吐き捨てたのが、「罪人でもないのに」と哀しげにいった帖の声と重なった。
「とにかく、渡り廊下から寺の二階に忍び込み、藍一郎さまの部屋に入ってしまえばまず問題ないだろう。
他者との接触を制限することが座敷牢に人を入れる目的だ、藍一郎さまたちだってそう頻繁には入ってこないだろう。
……藍さんの妖力を解くか、力づくでその木枠自体を破壊し、寒菊さまを救出しよう」
「解放したところでどうするのだ」
「こちらでお守りしよう」
「しかし、藍一郎さまはなんだってそんな暴挙に出たんだい。当主の座を狙っているのか?」
「一助さまはそのように仰った。生家を化け物に支配させるつもりはないと」
化け物はどっちだ、と私は思った。岸尾の名を残そうと藍一郎さまを狙った私も大概だが、実際に行動に起こしていないことを棚に上げて、私は彼を非難する。無様で結構、醜くて結構だ。そこは認めよう。
しかし、彼はなんだ。言葉の通じる相手に暴力を振るい、藍さんと簡易的な座敷牢に閉じ込めた? そんなにも化け物と呼ぶにふさわしい悪行はなかろう。
名前を残したいのも、他者に生家を渡したくないのもわかる。しかし、これはあんまりだ。
私はゆっくりと腰を上げた。戸に手をかけると、「どこに」と鳩司の声がした。
「決まっているだろう」と答えた声は、我ながら悪霊のようだった。実際、悪霊と呼ばれても仕方のない心情だ。
藍一郎さまの部屋に忍び入ることに不安はない。ばれたとき、相手の調子によっては抜刀する。日暮藍一郎、あれは私にとって、許し難い悪霊だ。
初めからこんな男と知っていれば、それと藍色の紲とやらで繋がった者がこんな女と知っていれば、劣と劣、醜く醜く奪い合ってやった。
私が岸尾と名告ったときに見たがった、こちらに渡った景色とやらを、あの暴君の満ち足りるまで見せてやった。
私は美傘との部屋に寄り、箪笥から刀を取り出した。私の刀だ。私の激情が正しいかどうかの判断は、父上に任せよう。
父が死ねというのなら、感情に任せて刀を抜いた悪霊として、喜んでそうしよう。父と母のいない、地獄の果てで一人苦しもう。
私は一つ訊かれて十も答えるような具合で怒涛の如く父について語った。父が如何に優しい人か、父が如何に勇敢な武士か、私がそれをどれほど誇りに思っているか。
部屋の外にまで聞こえていたのだろう、鳩司は「誇り高き武士の子よ」と入ってきた。
「怪我はないようだね」という帖に、彼は「当然だ」と得意げにいった。
「それで、一助さまはなんと?」と、私がいうより先に帖がいった。彼もいい加減喋りたくなったのだろう。
「寒菊さまは今、幽閉されているそうだ」
私はたまらず舌を打った。「落ち着いて」と鳩司がこの世の真理に触れた老爺のようにいった。
そういえば、彼も若いように見えるが、実際には私よりもかなり長い歳月をこの世で過ごしているのだ。
幽閉といったって、どこに?」と帖。私は先人二人の会話を傍聴することにした。
「藍一郎さまの部屋だそうな」
「では、藍一郎さまはどこに」
「久菊さまの部屋でも使っているのだろう。あるいは、兄弟なのだし菊臣さまの部屋か」
「しかし、一室に閉じ込めるといっても、襖だろう。それでは寒菊さまの自由を奪うことはできないだろうに」
「俺たちはなんだ」
「なんだい、突然」
「あやかしだろう」
「なにがいいたい」といってから、帖は「ああ」と頷いた。
「藍か……紅蘭紫菊といったか、その仕業か」
「藍さんだ。藍一郎さまの命で——とも限らないか、とにかく、部屋を入って正面、藍さんの妖力で作られた木枠と、部屋の壁との間に閉じ込められているらしい。簡易的な座敷牢だな」
「咎人でもあるまい」と吐き捨てたのが、「罪人でもないのに」と哀しげにいった帖の声と重なった。
「とにかく、渡り廊下から寺の二階に忍び込み、藍一郎さまの部屋に入ってしまえばまず問題ないだろう。
他者との接触を制限することが座敷牢に人を入れる目的だ、藍一郎さまたちだってそう頻繁には入ってこないだろう。
……藍さんの妖力を解くか、力づくでその木枠自体を破壊し、寒菊さまを救出しよう」
「解放したところでどうするのだ」
「こちらでお守りしよう」
「しかし、藍一郎さまはなんだってそんな暴挙に出たんだい。当主の座を狙っているのか?」
「一助さまはそのように仰った。生家を化け物に支配させるつもりはないと」
化け物はどっちだ、と私は思った。岸尾の名を残そうと藍一郎さまを狙った私も大概だが、実際に行動に起こしていないことを棚に上げて、私は彼を非難する。無様で結構、醜くて結構だ。そこは認めよう。
しかし、彼はなんだ。言葉の通じる相手に暴力を振るい、藍さんと簡易的な座敷牢に閉じ込めた? そんなにも化け物と呼ぶにふさわしい悪行はなかろう。
名前を残したいのも、他者に生家を渡したくないのもわかる。しかし、これはあんまりだ。
私はゆっくりと腰を上げた。戸に手をかけると、「どこに」と鳩司の声がした。
「決まっているだろう」と答えた声は、我ながら悪霊のようだった。実際、悪霊と呼ばれても仕方のない心情だ。
藍一郎さまの部屋に忍び入ることに不安はない。ばれたとき、相手の調子によっては抜刀する。日暮藍一郎、あれは私にとって、許し難い悪霊だ。
初めからこんな男と知っていれば、それと藍色の紲とやらで繋がった者がこんな女と知っていれば、劣と劣、醜く醜く奪い合ってやった。
私が岸尾と名告ったときに見たがった、こちらに渡った景色とやらを、あの暴君の満ち足りるまで見せてやった。
私は美傘との部屋に寄り、箪笥から刀を取り出した。私の刀だ。私の激情が正しいかどうかの判断は、父上に任せよう。
父が死ねというのなら、感情に任せて刀を抜いた悪霊として、喜んでそうしよう。父と母のいない、地獄の果てで一人苦しもう。