一助と共に過ごす時間が増え、父が菊臣と共にあやかしを連れ帰ることがあることを知った。ぼろぼろの傘だの、体が死にながらそれを認めぬ動物だの、そういう愚者の生への醜い慾望を、一助が絶っていた。
父に、化け物探しに同行させてくれと申し出た。実際にはあやかしという無難な言葉を使ったが、それでも父は認めなかった。
「なぜ菊臣なのです!」と叫んでいた。どうにも嘆かわしかった。まさかとはもしやとは思っていたが、それだけは認められない。あのときとは違う、より強い使命に似た拒絶だった。菊臣を、あの弟を、あの化け物の獰猛さに曝してはならない。
「彼奴はまだ子供です、なぜそんな危険なところへ連れていくのです!」
「ここは菊臣にやらせる」と父はいった。「はい?」と聞き返したが、声はほとんど出なかった。しかし父はそれを聞き取って、「ここは菊臣に継がせる」といった。
「なぜです! なぜ俺ではならないのですか!」
「初めからお前にやらせるつもりはなかった」
憎悪ともいえよう情念は視界を滲ませ、頬を伝った。
「認めません。俺が継ぎます。俺が長男なのですから」
「長男だからだ」と父はいった。「長男だから、お前には継がせたくないのだ」と。
「危険だからですか。俺は長男だから、血を残せとでも仰いますか。家よりも血が大切ですか!」
父はしばらく黙ってから、「ここは菊臣に継がせる」と改めていった。
「菊臣は認めているのですか」と尋ねても、言葉は返ってこなかった。
かの太刀は、短刀と共に父が拾ってきたものだった。奉納した——というより祀った——ものだから、魔除けのために持ってきたものと見える。
今にも崩壊しそうな精神は、力を求めていた。理解者を求めていた。
縋れるものを求める気持ちは、その一刀を酷く美しく見せた。藍色の柄巻に、自分の生きる世界の全てともいえよう魅力を感じさせた。
その魂は美しい女だった。俺は祀られた二刀のうち、その太刀の方を見詰めた。
「お前、名は」と尋ねると、それはかぶりを振った。「おいで」と手を差し伸べると、大人しく下りてきた。
俺はその深い藍色の美しい髪を撫でた。胸の奥が震えるような、激しいものを感じた。
「美しい色だね」
彼女はなにもいわなかった。
「俺は藍一郎。情愛の愛じゃない、藍色の藍だ。ここの長男」
「……藍一郎さま、」
「俺の名前と、お前さんの髪と。同じ色だ。……藍と呼んでいいか」
彼女は驚いた顔をしてから、微かに頬を染めて口角を上げた。潤んだようなその眼許は艶っぽかった。
俺はその華奢な体を抱きしめた。此奴は、俺の力だ。揃いの色を縁に出会い、揃いの色で強く繋がれた半身だ。
「藍、」と呼んでみると、「はい」と愛らしい声が返ってきた。
「俺がその名を呼んだら、すぐにきてくれるかい」
「はい、」と彼女はいった。「どこへでも」と。
父に、化け物探しに同行させてくれと申し出た。実際にはあやかしという無難な言葉を使ったが、それでも父は認めなかった。
「なぜ菊臣なのです!」と叫んでいた。どうにも嘆かわしかった。まさかとはもしやとは思っていたが、それだけは認められない。あのときとは違う、より強い使命に似た拒絶だった。菊臣を、あの弟を、あの化け物の獰猛さに曝してはならない。
「彼奴はまだ子供です、なぜそんな危険なところへ連れていくのです!」
「ここは菊臣にやらせる」と父はいった。「はい?」と聞き返したが、声はほとんど出なかった。しかし父はそれを聞き取って、「ここは菊臣に継がせる」といった。
「なぜです! なぜ俺ではならないのですか!」
「初めからお前にやらせるつもりはなかった」
憎悪ともいえよう情念は視界を滲ませ、頬を伝った。
「認めません。俺が継ぎます。俺が長男なのですから」
「長男だからだ」と父はいった。「長男だから、お前には継がせたくないのだ」と。
「危険だからですか。俺は長男だから、血を残せとでも仰いますか。家よりも血が大切ですか!」
父はしばらく黙ってから、「ここは菊臣に継がせる」と改めていった。
「菊臣は認めているのですか」と尋ねても、言葉は返ってこなかった。
かの太刀は、短刀と共に父が拾ってきたものだった。奉納した——というより祀った——ものだから、魔除けのために持ってきたものと見える。
今にも崩壊しそうな精神は、力を求めていた。理解者を求めていた。
縋れるものを求める気持ちは、その一刀を酷く美しく見せた。藍色の柄巻に、自分の生きる世界の全てともいえよう魅力を感じさせた。
その魂は美しい女だった。俺は祀られた二刀のうち、その太刀の方を見詰めた。
「お前、名は」と尋ねると、それはかぶりを振った。「おいで」と手を差し伸べると、大人しく下りてきた。
俺はその深い藍色の美しい髪を撫でた。胸の奥が震えるような、激しいものを感じた。
「美しい色だね」
彼女はなにもいわなかった。
「俺は藍一郎。情愛の愛じゃない、藍色の藍だ。ここの長男」
「……藍一郎さま、」
「俺の名前と、お前さんの髪と。同じ色だ。……藍と呼んでいいか」
彼女は驚いた顔をしてから、微かに頬を染めて口角を上げた。潤んだようなその眼許は艶っぽかった。
俺はその華奢な体を抱きしめた。此奴は、俺の力だ。揃いの色を縁に出会い、揃いの色で強く繋がれた半身だ。
「藍、」と呼んでみると、「はい」と愛らしい声が返ってきた。
「俺がその名を呼んだら、すぐにきてくれるかい」
「はい、」と彼女はいった。「どこへでも」と。