茎を伸ばし葉をつけた菊の咲いた白の着物の男性が、半歩後ろにあった右足を左足と揃えた。

 鳩司はぴたりと足を止め、「かんぎくさま」頭を下げる。男性の「そう畏まらないで」という笑い方には諦めとも呼べそうな慣れが滲んでいる。いつもこうしているのだろう。

 「久菊の出会ったのは君だね」と男性はいう。立ち姿、顔立ち、見えるところ全てが不思議なほど美しい。

 「僕はかんぎく」

 「冬に咲く、あの寒菊ですか」

 「ええ、寒い菊と書く」

 「兄上」と声がして、寒菊さん——若旦那というので寒菊さまと呼ぶべきか——はほんの短い間、複雑な表情をした。

 奥から駆け寄ってきた小柄な男性は「おっとこれは別嬪さんだ」と大きな声を出した。それから「私、寒菊の弟のきくおみと申します」と丁寧に頭を下げる。頭の中で菊臣という漢字が当てられる。

 「これは菊臣、哀しいことをいうじゃないか」と軽やかな声がして、長身な男性が出てきた。寒菊さまと同程度の身長だ。

顔立ちは整っているものの、どこか薄気味悪いというのが正直な印象だ。肌色のいやに白いせいだろうか。その男性は藍色の着物に、それよりも僅かに薄い藍色の羽織を重ねている。

 「俺はお前を自分の弟として愛しているよ」と、こちらまで聞こえる声で菊臣さまの耳元にいう。

 「あいいちろうと申します」と軽く頭を下げる。「ええ、この藍で藍一郎です」と羽織を揺らす。

 寒菊さまは私の前に寄ると、「お名前は」とその深みのある声でいった。「あやです」と答えると、「いい名だね」と、旦那さまと同じようにいって微笑んだ。「どんな字を書くのかな」と。

 「綺羅の綺と」と答えると、「そうか」といって私の頬に掌を当てた。瞬間、驚異を感じた。ぞくりと走った衝撃に、全身が粟立つ。寒菊さまは、人間ではない。

 ふっと藍一郎さまが笑った。「寒菊は次期当主だ、気に入られておいた方がいい」

 「そうですね」と寒菊さまはひんやりと微笑む。「当主の座に甘んじて、気に入らぬ者を軽々と追放してしまうかもしれません」と。

 寒菊さまが離れたのと入れ替わりに、藍一郎さまが私の前に立った。「この別嬪さんがいなくなってしまうのは淋しい、どうか寒菊に愛されておくれ」と、しなやかな指先で私の髪を撫でた。寒菊さまも菊臣さまも、なにもいわずにただ複雑な表情でいる。

 逃げ出したくなるような沈黙が数秒間続き、「では」と鳩司が声を発した。「部屋にいこう」と。「今日はゆっくり休むのがいい」

 「そうだな」と藍一郎さまも微笑む。「疲れに翳っては折角の美貌も台無しだ」

 「お綺がお好みですか」と美傘が拗ねたようにいう。藍一郎さまはそれを愉しむように「ああ、それはもう」と笑って答える。しかしその笑みには、先ほどの寒菊さまのような冷たさがあった。

 「美しい女の人は大好きだよ」