夕餉のあと、藍一郎さんが団子を持ってきた。

 「団子とは懐かしいね」という久菊さまに藍一郎さんは「菊臣が買ってきたのです」と答えた。菊臣さんがなにかいい出しやしないかと冷や冷やしつつ、どうかこのままと念じた。

 部屋に戻ると、菊臣さんは開口一番「なぜです」と怒った。

なんのことでしょう、ととぼけてみてもいいかと思ったが、そうするより先に「あの団子は兄上の買ったものです」と続けられた。

 私は行燈に火を入れた。「誰の買ったものでもいいではないですか。品は同じなのです」

 「あれでは兄上の想いが伝わらぬではありませんか」

 「そう、伝えねばならないことでもありません」

 菊臣さんは私のそばで蒲団を敷いた。

 「僕は、どうにも偽りというものを好きになれません」

 「藍一郎さんは偽ったのでしょうか」

 「藍一郎兄さんは兄上の買ったものと知っていますから」

 「そうですか」

 私はなんだか、胸の奥が苦しかった。藍一郎さんが責められているから、といえば聞こえはいいものの、その実、あの程度でこれほどの怒りを買っていては、私はどうなるのだろうという恐れからだった。

私は人間ではないし、なによりこの家に生まれた者ではない。

そんな私が、久菊さまに後継の資格を戴いた。菊臣さんはそれを知っているものの、藍一郎さんはなにも知らない。

本来、嫡男である彼がここを継ぐべきであり、彼自身もまたそれを自覚している。いつか私のことを知れば、藍一郎さんの胸中はどれほど乱されることであろうか。

 「藍一郎兄さんは、これまで、僕のことが気に入らなかったのです」

 「どうして」

 蒲団を敷こうと立ち上がると、小さな火の穂の揺れる薄闇の中、菊臣さんが私の蒲団を差し出してくれた。礼をいって受け取る。

 「そりゃあ、次代のことですよ」

 私はそれを聞きながら蒲団を敷いた。その上に座る。

 「以前、父上が僕に継がせるといったとき、兄上はそれはもう激しく怒りまして」

 私は黙って彼の言葉を待つ。

 「ええ、父上にではなく、僕にです。紫菊は僕に執着していますが、それは当時の兄上との喧嘩が原因なのです。当時から、藍は兄上についていました。彼女の柄巻が深い藍色でして、兄上はそれを紲と呼び、彼女に藍と名づけました。

ある日、兄上と激しい爭いになりました。自分の身を守るのであれば、大人しく兄上に次代の当主の座を返せばいいのですが、僕にはとても、兄上が当主にふさわしいとは思えませんでした。

行き場のない魂、その生への固着、死への絶望、それらと向き合い、鎮め、望む形で次の時間を過ごしてもらう。この家の主の役目はそれです。魂——所謂あやかしを愛せない兄上に、それが務まるとは思えませんでした。

兄上は僕を激しく否定しました。手前はこの家にふさわしくないと、手前なぞどうせ望まれて生まれていないと」

 菊臣さんは小さく笑った。

 「そこで僕、止せばいいのに、兄上がそんなだから父上は僕に家を託したのですなんていってしまいまして。そこで兄上が、『あい』と叫んだのです」

 なにかと思うより先に切られていました、と菊臣さんは苦笑する。

 「それからです、紫菊は僕に名前を乞いました。柄巻と鞘の色から紅蘭紫菊と名づけると、紫菊は得意げにいいました」

 『彼奴らが藍色の紲で離れ難く繋がれているのであれば、我らは菊花と契りを結んだ、主にふさわしき高潔の士だ。俺は必ずや、菊臣と共に主の名を手に入れ、最期まで貴様を守る』——。