寄せ場での時間はとても愉しかった。赤子や幼子のようになにからなにまで菊臣さんに教わっていたが、それを恥ずかしく思うより満ち足りていた。

 私があちらこちらを見ながら歩いていると、菊臣さんは「なにかおもしろいものがありますか」と私を見上げた。

 「なにせ、どれもこれも初めて見るものですから」と私は苦笑する。

 「どこか店にでも寄ってみますか」といわれて、久菊さまと藍一郎さんの顔が浮かんだ。「いいですか」と答えると菊臣さんは「もちろん」とやわらかく頷いた。

 「久菊さまや藍一郎さんは甘味はお好きでしょうか」右に左に並ぶ店を見て歩きながら私はいった。

 「ええ、好きですよ。最後に会ったのはもう幾年も前ですが、よくお裾分けして下さる方がいらしたのですよ」

 「そうですか」

 その人の現在には興味をそそられるものの、あまり踏み入るようなことでもないだろうと思い好奇心を飲み込む。

 それを感じ取ったか、菊臣さんは「その方は、家族で商いをするのに憧れていたのだそうで、栄えた方へ下っていったのですよ」とのんびりいった。

 「そうでしたか」

 菓子屋の若い娘に、菊臣さんが女性に間違われた。思わず笑ってしまうと「兄上」と縋るように呼ばれ、私は「菊臣は立派な男ですよ」といって答えた。私より五歳も若くありながら、私の我儘に付き合ってくれるのだ。こんなにも立派な少年はないだろう。

 そんな私の傍らで「汝、()はのちに幾人もの女子を我がものとするのだぞ」などというものだから、私はとうとう抱腹した。

「なにがおかしいのです、」といわれても「菊臣さんはそんなお方ではありませんよ」としかいえない。

その娘は私たちの関係を訝ったものだろうが、私は暴れるようなおかしさを落ち着けることに精一杯だった。

 店を離れてから、「菊臣さんは幾人もの女性と関わるのですか」と尋ねてみると、「大人というのはそういうものなのでしょう」と返ってきた。「然様なことはないと思いますよ」と私は笑った。

 実際、父は母だけを愛している。だから私に「すぐに戻るさ」といったのだ。

だから私は、二人の帰りを待っていたのだ。だから、私はなんとしても、二人を探したいのだ。

菊臣さんに出かけませんかと誘われて、断る理由などないのだ。

外に出れば、二人とすれ違うという希薄な望みを抱いていられるから。