菊臣さんに連れられ、私は随分栄えた場所にやってきた。人が建物があまりに多く、流れの激しい水の中にいるような心地になる。
「兄上」と呼ばれ「え、」と情けない声が出る。
私を見上げ、菊臣さんは「ちょっと休みましょうか」と微笑んだ。
菊臣さんについていくまま近くの掛茶屋に寄った。若い女性に菊臣さんと同じものを注文した。やわらかな笑みを残して戻っていった彼女の腰の辺りには、ふんわりした動物の尾がゆらりゆらり踊っていた。
「居場所が見つかってよかった」と菊臣さんが静かにいう。
「あやかし、ですか」
「若い狐ですね。どうか幸せな時間を過ごしてほしいものです」
私は彼女の後ろ姿を惜しみつつ羨みつつ見送る。ここが茶屋でなければ両親を探す手伝いを頼んだのにと、ありのままの姿で在れることが幸せであったとは知らなかったと。
「美しい方ですね」というと、菊臣さんは驚いたような顔をした。それから「兄上も女に興味がおありですか」と笑う。
「そりゃあ人並みには」と適当に笑い返す。
「なんだか兄上は普通の男とは違う気がしていたので」
「仏さまではないのですから」と私は苦笑する。
「しかし人間でもないですよね」といわれ、ぎくりとしたのを必死に隠す。
「いえ、僕は種族なんてものに興味はありません。人間であろうとあやかしであろうと気の合わない相手が苦手です、同じように気の合う相手が好きです。兄上とは気が合わないとは思いません。ただ人間とは違う気配のようなものを感じるというだけです」
その言葉に偽りはないように思われた。ただ、私は半妖という自らの種族を好ましく思っていなかった。それは菊臣さんに自らの種族について打ち明けるのを躊躇う理由と化して内側に重い煙を吐いた。
「すみません」と菊臣さんがいった。「ただ、兄上が本当に人間でないのなら、藍一郎兄さんには秘密にすべきかと思います」
「藍一郎さん」と聞き返したのはもはや、私は人間ではありませんと認めたようなものだった。
菊臣さんは黙って一つ頷いた。「兄上はあやかしがあまり好きではないのです。父上が僕に家督を継がせるといった一つの理由でもあります」
ああいう家ですからね、と菊臣さんは静かに、微かに笑った。
「兄上」と呼ばれ「え、」と情けない声が出る。
私を見上げ、菊臣さんは「ちょっと休みましょうか」と微笑んだ。
菊臣さんについていくまま近くの掛茶屋に寄った。若い女性に菊臣さんと同じものを注文した。やわらかな笑みを残して戻っていった彼女の腰の辺りには、ふんわりした動物の尾がゆらりゆらり踊っていた。
「居場所が見つかってよかった」と菊臣さんが静かにいう。
「あやかし、ですか」
「若い狐ですね。どうか幸せな時間を過ごしてほしいものです」
私は彼女の後ろ姿を惜しみつつ羨みつつ見送る。ここが茶屋でなければ両親を探す手伝いを頼んだのにと、ありのままの姿で在れることが幸せであったとは知らなかったと。
「美しい方ですね」というと、菊臣さんは驚いたような顔をした。それから「兄上も女に興味がおありですか」と笑う。
「そりゃあ人並みには」と適当に笑い返す。
「なんだか兄上は普通の男とは違う気がしていたので」
「仏さまではないのですから」と私は苦笑する。
「しかし人間でもないですよね」といわれ、ぎくりとしたのを必死に隠す。
「いえ、僕は種族なんてものに興味はありません。人間であろうとあやかしであろうと気の合わない相手が苦手です、同じように気の合う相手が好きです。兄上とは気が合わないとは思いません。ただ人間とは違う気配のようなものを感じるというだけです」
その言葉に偽りはないように思われた。ただ、私は半妖という自らの種族を好ましく思っていなかった。それは菊臣さんに自らの種族について打ち明けるのを躊躇う理由と化して内側に重い煙を吐いた。
「すみません」と菊臣さんがいった。「ただ、兄上が本当に人間でないのなら、藍一郎兄さんには秘密にすべきかと思います」
「藍一郎さん」と聞き返したのはもはや、私は人間ではありませんと認めたようなものだった。
菊臣さんは黙って一つ頷いた。「兄上はあやかしがあまり好きではないのです。父上が僕に家督を継がせるといった一つの理由でもあります」
ああいう家ですからね、と菊臣さんは静かに、微かに笑った。